2014年2月 Archives

PM2.5

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 当地の昨夜からのPM2.5である。ずっと危険値のままだ。昨夜NHKのニュースで富山県の話題が出た。マスクの使い方だとか、空気清浄機を利用するとか。笑ってしまう。当地ではそんな状況ではない。チャイナと同じと言って、誰が「そうじゃない」といえるだろう? アンタ知ってるの? と訊きたい。 現に僕は喉が痛くて外出を避けている。今日も一日中フテ寝していた。 まあまあ、そうカッカきなさんな、と自分で自分を慰めるしかない。まあね、僕はジジイだからほどなくお陀仏だ。だけど子どもたちは可哀そうだ。小学校から高校まで、のんきにグランドで運動しているのだろう。バカに付ける薬はない。 マスコミもどうしようもない。空気清浄機ってさ、オゾンの被害が出ているのに、何をのたまう。空気清浄機は「換気」が必要なのだ。そうすると汚染大気は部屋に流入する。なんにも解消されない。僕はレーザープリンタのオゾンにも敏感に喉が反応する。プリンタを使用後はただちに電源を切る。
 みんななんにもわかってない。

COLOR-ULTRON 1.8/50

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横1472
(α7R/COLOR-ULTRON 1,8/50)

 九博の特別展に行く。「国宝 大神社展」。混雑していた。「古事記」写本真本をはじめて(たぶん)みる。それと神像の由来がよくわかった。全体的にはぼくにはどうも・・。胡散臭さ最後までアタマから除去されない。3M(9210)のマスクにお世話になった。大宰府といえば「梅」。種によって違うが今が見ごろ。去年も1月か2月に行った。その時も電車の事故に遭ったが、今回も特急電車が事故を起こして40分止まる。

Super Takumar 35mm f3.5

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横1472
(α7R/Super-Takumar 35mm F3.5)

 当地のJR駅。夜明け前の6時半。

とまらない大気汚染

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 そらまめ君で知るが、当地の汚染の状況だ。(拡大画像あり) 国の環境基準というのが僕の身体の反応とは違う。PM2.5なのかオキシダントなのかは不明だが、喉が痛くなるので外出できない。

つげ義春のこと

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(α7R//Componon 1:4/35)
 PM2.5がひどくてシャシンするような空じゃない。でも気をとりなおして外に出る。港に出向くのはたいがいリハビリのようなもんだ。「定点観測」=とりあえず、でして安直だ。アンチョコにひたすら依存するのは一種の「ビョーキ」ですな。Componon がお供。上の絵のように少しニュアンスが異なる絵ができる。近景だと二線ボケもある。ケラレもある。ケラレがあってはいけないという決まりはない。なんともいえないこのムードが勝る。
 路上のブツを撮っていたらもう少し近づきたくなる。いったん家に帰り、Super-Takumarにレンズを変更。
(α7R/Super-Takumar 35mm F3.5)
 『必殺するめ固め』を取り出してオブジェとする。伝説となった『ガロ』(68年)を探したがみつからない。

 さて。つげ義春の対談中、後年の研究では貧しい人とは「乞食」のことだったのですね、のくだりが気になって調べる。やはり現代教会でもこの話はでている。結論からいえば、つげ氏のいうのが本当だ。僕もおどろいている。「心の貧しい人」(マタイ)と「貧しい人」(ルカ)の違いがあるが、ギリシャ語原本は同じだそうだ。「プトーコス」という語が使われている。
 横浜指路教会のwebページには『教会の歴史においてしばしば、「心の貧しい」とは「謙遜な、へりくだった」という意味だ、という解釈がなされてきた。しかしそれは間違い。「謙遜」は、「貧しい」という言葉の意味とは違う。』とある。
 極貧者、乞食同然の者を指すのが「プトーコス」のようなのだ。ちなみに貧者をギリシャ語にgoogle翻訳するとやはりそうだ。


 アタマがプサイ(Ψ)ではなく、ファイ(Φ)だから「フトーコス」でしょうね、読みは。ううむ、深くやるなあ、つげサン。感謝です。勉強させていただいた。
 考えてみればまあそうだ、集まった人間はいわばイエスの奇跡にすがりたい病人、世捨て人、乞食というのが理にかなう。英訳の"spiritually poor" なんかじゃないよ、ってことですな。漁港じゃないがTakumarのもうひとつおまけ。SILKYPIXのインスタントフィルムテイストを使うと空がスカイブルーに。


(α7R/Super-Takumar 35mm F3.5)

つげ義春のこと

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 少し長いがインタビューの記事を紹介。

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 後のキリスト教団は嫌なんですけど、イエスの言葉は深いなあと思って。一例を挙げると、「貧しい人は幸いである、神の国はあなたがたのものである」という言葉に出合ったとき、直感ですぐ理解できたのですが、後年の研究では貧しい人とは「乞食」のことだったのですね、乞食は社会の枠組みからはずれ、関係としての自己から解放されています。自己意識も消えて、生も死も意識されることがなくなり、生きていることの不安も消える、その状態こそ神の国、天国ではないですかね。

 「夢の散歩」は偶然出会った男女が泥のぬかるみの中でいきなり性交をする話ですが、そうなるまでの二人の関係や必然的な理由などはぶいて、ただ唐突な場面を即物的に描写しただけなので意味がないんです。そうすると意味を排除したシュルレアリスムのように夢の世界に似た印象になりますね。現実もあるがままに直視すると無意味になりますが、夢はさらに無意味を実感させてくれるので、リアリティとは無意味によってもたらされるのではないかと考えているのです。
 この作品のタイトルは「夢の」としていますけれど、こんな夢を見たわけではなく、リアリズムから発展してこんな風に……。でも駄目ですね、説明をするのが難しくて。
 ところがその後カフカを読むようになったら、やはり出来事の描写だけで意味がなく、同じ方法をやっていたんですね。でも自分はカフカ流のマンガでは食っていくことはできないので、結局この虚構世界を超える意味でのリアリティから後退して、もとの私小説風に戻ってしまったんです。
 ただし、私小説風にすると、自分のことも適当に入れるので実話のように誤解されることがよくありますね。それもひとつのリアリティなのでしょうけれど。(引用終り)
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 つげ義春は「事物」の本質をしっかりつかんでいる。ヒトは「誤認」するものではあってもそこがわかってらっしゃる。そういうジンブツなのですね。小学生のころ、名はしらず「床屋」で読んでいた。「おばけ煙突」のおぼろげな記憶がある。(あとで補強されたイメージの可能性もある)でもなんで「床屋」に貸本があったのだろう。ウチにも貴重な「ガロ」やら「夜行」やらが「蔵」(!)にあるとおもう。インタビュー記事を読みたくて図書館から「藝術新潮1月号」を借りてきた。映画化などもあってブームが再来したらしいけど、彼がどんな暮らしをしているのか知らなかった。(知ってどうする)
 記事で知ったその他のこと。①眼が悪くて絵は描けない。描かない。息子が引きこもりで、その世話と家事に追われる。②マキさんがガンで逝ってから精神科に通う。③「忘却されるのはひとつの身辺整理になりますから、死ぬ時は未練が残らなくていいんじゃないんですか。自分の著書にもまるで愛着がない。」とおっしゃる。④250台あったカメラはほとんど売って今は20台くらい。

 さてシュナイダーのComponon 1:4/35で撮った「藝術新潮」。(絞り開放)


(α7R/Componon 1:4/35)

Super Takumar 35mm f3.5

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(NEX-7/GR28mm改)


(α7R/Super-Takumar 35mm F3.5/Foggy Filter)

 上のはα7RにSuper-Takumar 35mm F3.5を取り付けた場面。49mmのフォギーフィルタで撮ったのが下の絵。こんなレンズがネットで1000円とかで落札される。F2.0というのもあるようだがこちらが断然コンパクト。ヘリコイドアダプタで超接写もできるのでこれ一本で旅ができそうだ。この時代に息を吹き返す力のあるレンズだ。

Sonnar 85mm f2.0

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 「何が見えるかを語っても無駄だ、見えるものは決して語るもののうちには宿らないのだから。」
 (フーコー 『言葉と物』)
 僕の場合、いま生きているここ(現働の場)での様態にはつねにこのような知のバイアスがあるのだろう。フーコーの知が内在化しているというべきか。実のところ「なんでそうなったのか」というのはヒトには説明できないのが本当のところだ。
 スナップ・街撮り中心の僕が定点観測やテーブルフォトに足場を移した・・ようにもみえる。が、まあこれはひとりごとです。あれこれぬかせば「プチ物語」すなわちレシになる。昨年11月にソニーという誰もが知るメーカーからα7Rというカメラが出た。これは僕に何かが起きるな、と直感したがまさにその通りであった。僕の心身は「外」に対してよくもわるくも率直に反応する。かつて「カメレオン」とか「あじさい」とかのあだ名を頂戴したのも根拠があるわけか。

 α7Rと知人譲りのレンズ個物のアレンジメントが、近頃の僕のシャシン時様態を決定付けている。うーむ。おそらく二桁になるだろう数の個物を得る。それらを用いてα7Rの100パーセント拡大解像力の視覚的で深遠な領域で遊んでいる。レンズ個物は28mmからせいぜい100mm前後までのもの。世に「オールドレンズ」と称されるものばかりだ。
 僕は昔、京セラ=コンタックスG1のSonnar 90mm を使ったことがある。AFが不良だったのか「ピント」を得た実感がまるでなかった。失望の経験しかない。まあ一眼レフでも90mmで開放、至近距離でピントを得るのは難しい。ファインダが優れていてもいざレリーズの段階で体が数センチ揺れるとピントはズレる。その前に本当にピントがきていたのかどうか検証のしようがない。検証用に4つ切りプリントを何十枚もラボに出すということは不可能だ。G1のSonnar 90mm に失望して二束三文で手放した。
 そんなコンプレックスを一挙に吹き飛ばしたのがデジタルの技術だ。フーコーにならって、見えるものを語る無駄を省き100パーセント画像(部分)を見ていただきましょうね。アンチョコな絵ですが。ドキッとしますよ。撮影フレーム全体を横1472ピクセルの拡大画像。次にピント部の100パーセント画像(横7360ピクセルの一部)です。


(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)


(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)

 逆さの「Maid in Germany」がピント位置です。下の絵をぜひ拡大してごらんください。鏡胴に横筋の意匠が見えますが、このデザインは個物を手にとっても肉眼では見えません。そんなものも写るのです。ヒトの知覚をやすやすと凌駕します。撮影距離約40cm。1/100秒のシャーッタースピード優先。絞り開放。ISO=160。SILKYPIXで現像。以降の処理はPhotoshopCS5。Web用保存(品質85)。アンシャープマスクなどの加工処理はしていません。

Sonnar 85mm f2.0

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(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)

 ベラスケスの目に教皇インノケンティウス10世はあのように見えた。それがベラスケスの「認知」である。たとえそれら諸知覚の総合が「誤認」であっても、ベラスケスの剔抉の瞳にはそう見えた。ところで露出がアンダーすぎる上のシャシンですが、実際にヒトがレンズ鏡胴を見つめても網膜にはこんな絵は結ばない。この絵は人為が投入されてのことではあるが、レンズ個体とカメラ、そしていまこの透過的なモニタ画像をもたらす現像用アプリケーションのなせる業である。ぜんたいシャシンの絵はそもそものはじめから「真」ならざるものだ。ヒトの知覚とは別物だ。なのに「写真=真を写す」とはなんという皮肉な言い草だろう。まだしもベラスケスの描く教皇のほうが「真実」に近い。被写体がどうとか、テーマは何だとか、事実をどう切り取ったとかうんぬんかんぬんの前に、この偽絵の出現が「出来事」となる。偽絵とはちと穏やかではありませんね。ご容赦を。だが僕には「偽絵」がなんとも愉しいのである。
 話は横道に逸れニュアンスは少し違うが、シャシンはキャパが従軍して命がけで撮った「真実」から遠く離れてしまった。もっともキャパの写真をシンジツというには括弧をつけなければならない。「真実のふりをする」のがシャシンなのです。これはキャパに限らずあらゆる報道写真あらゆるドキュメンタリに分け隔てなくいえることだ。ピクチャーとそれを見てのイメージにまっとうな道筋はない。絵はどのようにも理解されうるものだ。
 レンズはいかなる被造物の力にも屈せず描写する。Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm というレンズで元それが収まっていた鏡胴を撮影している、と説明すればそこから「レシ re'cit」=物語が加味されるだろう。イメージが増幅するかもしれない。説明抜きの場合とは違ったイメージになる。だが、レンズはいっさいの物語を拒否して映し出す。拒否して、というのは、レンズは正体を明かせば見事な表現をする、というものではないからです。(笑)。
 いっそ物語を明かさないがいいのかもしれない。これは課題ですね今後は少し考えてみよう。フランシス・ベーコンはベラスケスの実物を見ずに写真(あるいは図録)と「戦艦ポチョムキン」の女の叫びをネタに一連の教皇の絵を描いた。しかし見るものがそのレシを認知したのちにはそれを忘却してイメージすることなぞ不可能になる。あれれ、迂回が複雑になった。いったん筆を置こう。

 さて。この絵のようなオブジェをたとえばA3とか半切大で30枚ほど並べてそれは見世物になるであろうか? これを問い立てしたかったのです。ああ回りくどい。諸兄はいかが思われますか? そりゃないよ、といわれますよね、きっと。うむ。ではなぜでしょうか? あまりに安直だから? テーマはね、「発明」ですからどうでも成立します。 シャシンって御大層なもんじゃない、とアラーキーは言うが、だからといって安直でいいやと宣言してるわけではない。シャシンと宣言した場所にシャシンが生まれるのかもしれない。敬愛してやまない深瀬昌久のシリーズ「ブクブク」はちゃんと写真展(見世物=催し)をやっています。もっとも彼は会場には出向かなかったということですが。
深瀬昌久については、ここです。

Carl Zeiss Sonnar 1:2 f=85mm

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(α7R/Sonnar 1:2 f=85mm/SILKYPIX)

 Carl Zeiss Sonnar 1:2 f=85mm を少し絞って撮影。これもお辞儀をしたくなるような個物だ。フィルム撮影ではとてもこんな精確なピントは取れないのではないかと思う。横1472pix の拡大画像あり。

藤田嗣治書簡-妻とみ宛

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(α7R/Sonnar 1:2 f=85mm/SILKYPIX)

 「パリ留学初期の藤田嗣治」研究会の手になる『藤田嗣治書簡-妻とみ宛』全4巻を通読する。これはやはり第一級の資料だ。借り受けの期間はあと1週間ほどある。まだ繰り返し目を通すことはできる。ところで。上の絵の奥にあるのは「ユリイカ」2006年5月の特集号だ。その中にはこの書簡集の編纂に深く携わった加藤時男氏の論考もある。そこで僕は、氏に頒布用の資料がいまだ残っているかFAXで問い合わせる。残余はないという返事であった。いたしかたない。当地の県立図書館をわが蔵書と見立てて、藤田書簡に会いたければ借り受けすることにしよう。それも「夢」がありそうだ。
 閑話休題。県立図書館が僕の住む街に移転するという。生きているかどうかはわからぬが、老いた僕が藤田にまた会いたいと足を運ぶかもしれない。実は、新しい県立図書館はここに建つのでは? と僕が密かに想像する場所がある。そこまで歩いてゆく日が実現するかもしれぬ。
 昨今書物に限らず、モノを増やしたくないという気持ちが強い。にもかかわらず僕の所持品はまだ増え続ける。藤田にかかわる書物や図録もまだ増えそうな予感がする。これも「いたしかたない」。「いたしかたない」ことは受け入れるしかない。

 藤田が永遠に日本に見切りをつけてパリに戻るのは彼が64歳のときである。今の僕と同じトシだ。どんな思いであったろう。
 近藤史人の年譜にはこうある。「1950年(昭和25年)64歳。2月、パリのサン・ラザール駅に到着。美術雑誌は『かつて一時代の中心だったが今はひとつの大通りでしかないモンパルナスに一人の亡霊がやってきた』と、書いた。」

 日々は流れる。藤田がいまゆくりなくここに到来し、挨拶をしておもむろに立ち去る。出来事とはそういうものだ。そして再来(反復)しおそらくは新たな「出来事」があるのだ。

MINOX35EL

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 MINOX35ELの亡骸(なきがら)の絵。Minotarで撮るだけではものたらず・・・これはFUJINON 1:1.9 f=4.5cmで撮影したものである。まあしかしこんな絵にどんな意味があるのだろう? 意味はないでしょう。僕がいっときシアワセな気分になるだけの話だ。少し絞ってる。オールドレンズのボケだ。実に鮮鋭だ。それだけをウリにしたって十分通用するいいレンズだ。拡大画像はヨコ7360/4=1840もありまっせ。


 (α7R/FUJINON 1:1.9 f=4.5cm/SILKYPIX,PhotoshopCS5)

藤田嗣治書簡ー妻とみ宛

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 「パリ留学初期の藤田嗣治」研究会の手になる『藤田嗣治書簡ー妻とみ宛』を県立図書館から借り受けて読み進めている。全4冊。第1巻は2003年刊行。
 第一級の資料、と第一巻の巻末にある。まさにその通りだと思う。後世の藤田が「自伝」でも一切触れなかった最初の妻とみ。とみを恋しがる様子や渡仏直後のいきいきとした暮らしがここにある。第一次大戦勃発の頃フランスで藤田がどのように自らの芸術を編み出していったかが、「恋しい」妻とみ宛ての三年余りにわたる179通の手紙の中に見事に表出されている。僕はようやく第一巻を読み終えようとしている。雨の日に図書館に借り受けに行く。濡れないようにビニール包みにくるんでくれた。2006年に借り受けた人物がいて、この県では僕が二人目の借り受け人である。



 おりしも先だっての「日曜美術館」に続いて民放では昨日(2月11日)こんなスペシャル企画があり、それもみる。が、書簡集からはそんな企画が吹き飛ぶくらいの圧倒的な藤田が立ち現れる。



MINOX minotar 35mm

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 MINOXのminotar 35mm続報。α7Rに取り付けた図と殻のMINOXです。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 作例、まずは近接グルグルボケ。

(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

 次は悪条件の逆光遠景。フレアが出ます。絞っています。よく撮れる。


(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

 最後は順光。近景。ランプシェードにピントを置いている。風が強く体が動く。


(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

 ふむふむ。オールドレンズのチカラを、フルサイズ実作で実証的に「検証」できること。これがデジタルの利得です。ただし、フィルムで撮影してもこうだ、とは言い切れない。なにごとにも「差異」が存在しますからね。解像度だけに着目すれば、フィルムを凌ぐ鮮鋭さの実証をα7R機体によって得られた、といえるかも知れません。minotar、いいじゃないですか。お散歩カメラとして不足はない。なにより「コンパクト」です。近場はピント合わせを慎重に、というのが個物を扱っての実感。

MINOX minotar 35mm

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 MINOX 35ELをeBayから取り寄せて知人(製作者)にあつらえてもらった個体である。C-NEXマウント組み込みで絞り調整も取り付けている。どれほど手間がかかるのか素人の僕にはわからないが、たやすい技とはとても思えない。(拡大してご覧あれ)


(α7R/SKOPARON 1:3,5/35 改)

 上の絵自体はスコパロン35mmで撮影している。ごらんのようにスコパロンはM42ヘリコイドアダプタを介しているので、グイッと寄れる。いっぽうミノターは40-50cmというところだ。
 では開放で近接撮影の作例。MINOXのMinotarで殻を(=空=亡骸となったボデーを)撮るわけです。フェチですね。変な趣味です。ピントは日の丸でMINOXのロゴに。1/60sec。ISO640。イイ感じです。W=1472の拡大画像があります。


(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

TRYLOR ROUSSEL

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 これもOntoscope系統だと思われます。銘板がよく似てます。F=120です。知人(製作者)は「絞り調正」も特別に装備。(開放6,3のレンズだが、4.5から始まる絞りレバーが付けてある)


(α7R/撮影レンズ不明)

 ペンタックスのベローズを用いなければなかなかピントに届かない。いっぽうのOntoscope F=75 はヘリコイドアダプターだけでいける。下の絵がα7Rに取り付けた姿。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 では作例。オブジェはすでに紹介した「Componon」と「TRYLOR ROUSSEL F=75」レンズ。 距離70-80cm。少し絞っている。

Ontoscope not Otoscope in 1933

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 "Ontoscope" で検索する。ダブルクオーテーションでくくってください。でないと「もしかしてOtoscope」とgoogleが余計な親切で別の語を検索します。これがその"Ontoscope"のようです。(画像をクリックするとリンク先へ)



 どうやらOntoscopeに付けられていたレンズが今日ご紹介する個体。これです。


(α7R/撮影レンズ不明)

 Ontoscopeの用途はよくわかりませんが、パノラマが撮れるのでしょうか?以下はリンク先のデータ。

Made in France by () 1933 to () 0.
Index of rarity in France : Rare
N°in inventory : 10642
Ontoscope 6x13 Simplified. (N° 5226) No focusing, no off-centring. Diaphragm 6,3,9 and 16 by a blade. Speed P 5 10 25 50,100 Lenses Trylor H. Roussel 1: 6.3 F = 75 N° 192 199 and 192 200.

 僕が手にもつ上の個物は知人製作のものです。絞りは開放固定。フードが付いてますがそれを外すとワインのコルクより小さなものです。リンク先のデータにもありますが、「Trylor H. Roussel 1: 6.3 F = 75」というのが銘ですね。正確にはROUSSELのあとにPARISが入る。通しのレンズ番号なのがわかります。1933年製! うーむ。
 α7Rに付けるとこうなります。今回はベローズはなし。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 ついで作例。


(α7R/TRYLOR ROUSSEL PARIS 1:6,3 F=75)

 やはりケラレはあります。無限遠も見事にでます。どうなんでしょう? 7Rにこれを取り付けて絵を作った男って僕が最初じゃないでしょうか? むろん知人の功績ですが、この「遊戯」は個展モノですね。(笑)CAPAさん、朝カメさん、取材に来てよ。
 シュナイダー・クロイツナッハの引き延ばし用コンポノンレンズです。コンポノンは数多くありますが、Wikipediaによれば、個物は105mmF5.6/4群6枚構成です。ダースト (Durst) のどの機種で使われたのか、サイズはライカ版だったのかそうではないのか、未調査です。


(α7R/撮影レンズ不明)

 通常の撮影は、アダプターを何枚か重ねて繰り出し量を多くしてもてこずります。ですから僕は知人譲りのペンタックスのベローズを用いました。そうすると楽に撮影できます。近接ではこれくらい伸ばします。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 では作例。最初のは距離1mくらい。f11(f8かも)。次のは接近3-40cmかな、f値は開放5.6。




(α7R/Componon 1:5,6/105)

 うむ。ケラレはありますがいいですね。これらの拡大画像でもα7Rのピクセルの10%以下です。ピクセル100%でもどこにも破綻がありません。優秀なんですね。さすがにシュナイダー・クロイツナッハです。お辞儀をいたします。

Paul My Valentine

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 MPL Communications(McCartney Productions Ltd) にはユニークなロゴがある。



「LIVE KISSES」のBlu-Ray Diskにもこれが出る。「LIVE KISSES」はもともと「Kisses On The Bottom」がオリジナルということです。僕がミセで見たのも2012年にwowow が放映した「Kisses On The Bottom」だったのだ。うむ。「出来事」はこのようにある。出来事には「原因」などはない。たとえばの話、現実の「天災」が仮に「出来事」であるとしてみよう。それには起源=原因はない。地質学者がなんと力説しようが、そんなものは「ひとつの原因」ですらないのです。アンタは南海トラフに潜って見てきたのかい? ということだ。僕はそう思っている。同じようにこの記事、ポールの「My Valentine」についての言表は原因をもたない。「出来事」は再現できないしこの場所で辿ることなどできない。それがクモの巣=Webにあるつなぎ目(結節点・結策点)に似た出来事のイメージだ、と思う。時間軸(クロニクル)でミセに入った時点を起源と言えるか。そうじゃない。ミセに行くことになったわけがある。じゃ、なんでわけなんかつくったの? ほらね、どこにもポール・マッカートニーの「My Valentine」に行き着く起点はない。種も胚もない。胚はそこで種になり芽を出す。「そこ」を移動すれば新たな場所(トポス)で胚が生成する。そう、どこにもつかみどころがない。

 こんなことを前置きしてマイフェス(mifes=僕の常用テキストエディタ:20年前からこれ一本です)にタイプするなんて、なんか変だ。じゃ先にいこう。「My Valentine」ね。ううむ。いい詩、いい曲です。新曲で、新しい妻のために作ったのだそうだ。いいなあ。ポール・マッカートニーを羨ましがってどうすんのよ、てことだが・・。「My Valentine」は本編ライブにも収録されているが、今日ここでいうのは俗にいうボーナストラックにあるヴァージョンのことです。ナタリー・ポートマン(知らないです)とジョニー・デップ(名前だけは知ってる)のワンテイク・ヴァージョンてやつです。youtubeにリミックス版みたいなのがあったのでそれを借用し、再エンコしました
。少し説明します。「My Valentine」に合わせて「手話」をやるんです。ジョニー・デップはその日着てきたその服装で始める。その場で「手話」の手ほどきを受けやり始めるのです。ほんもののアーティストってすごいですなあ。ポールのプロデュースが光る。まあ映像を見てください。歌詞と訳を出しておきます。(訳した人に感謝と陳謝)。

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My Valentine - Featuring Natalie Portman and Johnny Depp
www.paulmccartney.com
Directed by Paul McCartney
Featuring: Natalie Portman and Johnny Depp
Cinematographer: Wally Pfister
Editor: Paul Martinez
Produced by: Susanne Preissler
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(歌詞)

What if it rained?
We didn't care
She said that someday soon
the sun was gonna shine.
And she was right,
this love of mine,
My Valentine

As days and nights,
would pass me by
I tell myself that I was waiting for a sign
Then she appeared,
a love so fine,
My Valentine

And I will love her for life
And I will never let a day go by
without remembering the reasons why
she makes me certain
that I can fly

And so I do,
without a care
I know that someday soon the sun is gonna shine
And she'll be there
This love of mine
My Valentine

(instrumental)

What if it rained?
We didn't care.
She said that someday soon
the sun was gonna shine
and she was right
This love of mine,
My Valentine


万が一 雨が降ったらどうするんだい?
僕達は 気にしなかった
彼女が言うには
いつか 直ぐに 太陽が輝くでしょう
そして 彼女は正しかったよ
この 僕の愛
マイ・バレンタイン

昼や夜が
僕の傍を 通り過ぎていく度に
兆しを待っているんだって ひとりごとを言う
それから 彼女が現れた
とても 素晴らしい愛なんだ
マイ・バレンタイン

だから 彼女を一生愛するつもりだ
そして 一日を黙って過ぎ去らせやしないよ
理由を思い出さずには
彼女は 僕に確信させてくれる
空を飛べる事を

だから 僕はやっていくよ
気にせずに
いつか 直ぐに 太陽が輝くことを知っている
そして 彼女は そこにいるんだ
この 僕の愛
マイ・バレンタイン

万が一 雨が降ったらどうするんだい?
僕達は 気にしなかった
彼女が言うには
いつか 直ぐに 太陽が輝くでしょう
そして 彼女は正しかったよ
この 僕の愛
マイ・バレンタイン

Bye bye blackbird

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 そのミセでみた映像には「wowow」のロゴがあった。放送をエアチェックしたものだと思う(あるいはそのDVDコピー)。画質は決してよくはなかったが、ポールの「Bye bye blackbird」にグッときた。家に帰って調査。それでポール・マッカートニーの「ライブ・キス 2012」の存在を知る。自作PCに初めてBlu-Rayを組んだこともあって、「ライブ・キス 2012」を買う。ついでに「Mac Blu-ray Playerのダウンロード版」とパイオニアのブルーレイプレーヤー「BDP-3120-K/W」も買ったというわけだ。あっけなくDVDからBDに移ったが、そんなときはそんなものです。
 さて。「Bye bye blackbird」にハナシを戻しましょう。「Bye bye blackbird」といえば僕にはマイルス・デイビスということになります。ボーカルも聞いたのでしょうがやり過ごしたのでしょう。youtubeで検索すると、いやはやあるもんです。これはもうアナタご自身で精査してお楽しみください。そのなかにジュリー・ロンドンのものがあります。モノクロ(そしてモノラル)ですが音質はいいです。しかも1964年5月に来日しTBSで収録されたものということです。あいさつのなかにもはっきり「ジャパン」と聞き取れる。こんなモノがあるんですね。youtube恐るべき! ちょいとバックアップさせていただきました。



 歌詞を入れておきます。

Pack up all my care and woe,
Here I go, singing low,
Bye bye blackbird.
Where somebody waits for me,
Sugar's sweet, so is she,
Bye bye blackbird.

No one here can love and understand me.
Oh, what hard luck stories they all hand me.
Make my bed and light the light,
I'll arrive late tonight.
Blackbird, bye bye

 辛さや悲しみに見切りをつけて、小さくうたいながら出てゆこう。さよならブラックバード。
 待ってるあの人のところへゆこう。そう、砂糖のようにやさしい母のところへ。さよならブラックバード。
 ここには愛してくれたり分かってくれたりするひとは誰一人いない。なんて不運なしうちなんだろう。
 (だから)私のベッドをしつらえて灯りをつけていて。今夜遅く着きます。ブラックバード、さよなら。

 というような感じかな。やはり娼婦をやめて帰郷する、という解釈は受け入れやすい。
 youtubeで古今東西の「Bye bye blackbird」を聞けば、さまざまな歌い方がされていることがわかる。リズムアンドブルース調、ドゥーワップ調、Jポップ調・・。けど、ジュリー・ロンドンのこれは「正調」だと僕には思える。実は「ライブ・キス 2012」でピアノを弾いてるダイアナ・クラールも歌っている。ここでいう「正調」です。ジュリー・ロンドン→ダイアナ・クラール→ポール・マッカートニーという線はあると思うのです。すべて僕の推測=物語です。関連で、ビートルズ時代にポールの作詞作曲で「Blackbird」というのがあるのを知る。ポール単独でギターひとつで歌うのです。それも知らなかった。まさに「出来事」の結節点です。

NEOKINO

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 銘板には NEOKINO との刻印がある。キネ(kine,cinema)用途であることには違いない。鋭意検索すれば、原形を留めた個体に出会えると思う。「エミール・ブッシュ 」でググる。Wikipediaがヒットする。そこで枯淡の歴史が知れます。


(α7R/COLOR ULTRON 1.8/50)

 円形に切り抜いた黒い紙で蔽いをつけている。絞りの効果を出すためです。「NEOKINO 42.5」でググればeBayにこれの仲間とおぼしき個体がみつかります。(以下はeBay掲載画像を拝借:拡大すれば刻印も見える)



 さて。借りたレンズで撮ってみる。銘板面を逆向きにM42にマウントしてます。正方向でもいいのです。このようになります。


(α7R/NEOKINO)

 ビールのラベルが中央のピント位置になります。拡大画像でみていただければそれなりにわかります。中央以外はボワーっとした感じです。ではもう一枚。


(α7R/NEOKINO)

 奇妙奇天烈なレンズ(?)が鎮座してます。いやはや。これらも知人からの借り受けです。どんな絵が作れるのか、ざっと扱っただけなので目下のところ不明。NEOKINOはこの絵でも中央部以外は流れたように写る。「効果」と「遊戯」の世界ですね。
 最後にひとつ。「エミール・ブッシュ」で 検索してウェブをさまようと、ニコペル(ニコラ・ペルシャイト)とかいうプロ用のレンズに行き当たる。そこをまさぐると数時間が過ぎてしまいます。ネットの時代、それは検索とそこから広がる知の情報綱の世界だ。web(クモの巣)とはよくいったものだ。出来事はドゥルーズの言うように直線的だ。しかも網の目状の結索点として線上に存在する。少し似てる。

ありがとう、ウルトロン

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 フォクトレンダー(Voigtlander )のCOLOR ULTRON 1.8/50による定点観測です。


(α7R/COLOR ULTRON 1.8/50)

 知人から譲り受けた個体です。絞りはアバウト5.6。02/01の18:19。ISO2500。1/60sec。100%にすると、焼肉定食1200円と店内の文字が見えます。その文字はこれまでのどのレンズより鮮明です。(条件がそろっただけとも考えられる。他のレンズより優秀、とかそういう意味ではありません。念のため。)悪条件のなかでこうした露出、現像ができるということがとても貴重で得難いシアワセだということです。それにつきます。
 僕は先だって「ありがとう、フジノン」と思わずしてコトバを発した。レンズに向けて「ありがとう、フジノン」は笑えるといえば笑える。それにカメラに対しても敬意を表さねば片手落ちとなる。それでも「ありがとう、フジノン」はそのときの僕の「発明」なのだ。だから今後は僕の売りにしようと思う。よって、「ありがとう、ウルトロン」。

スプートニクの恋人

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 「本書は1999年4月20日、小社より刊行されました。」:奥付の手前のページにそう記されている。


(α7R/FUJINON 1:1.9 f=4.5cm)

 そのころ僕は写真展の準備のために、半切バライタ紙とともに暮らしていた。まさに1999年の春だ。村上春樹を読むのをやめてからだいぶ経っていたとおもう。1990年代に入ると僕は小説やら詩などから離れて現代思想書を読み始めたからだ。それどもまだ「ユリイカ」は取り続けていた。「スプートニクの恋人」の存在はもちろん知っている。先日ジュンク堂2階のシアトルズベスト向きのカウンタにこれを手にして座ったとき、これはたしか読んだよな、と思ったほどだ。でも数ページ読んで「そうでもない」ような気がしてきた。まあ文庫棚の下に平積みされていて真新しい(あたりまえ)輝きの視線で僕に迫ってきたのも何かの縁だ。そうおもって買った。いつもはカバーを付けてもらうのだが、なんでかわからんが、いいです、と言ってしまった。(ジュンク堂のレジは10人くらいの店員が応対する。カバーはおつけしますか? とかならず問う)

 昨日読みあげた。変な話やっぱり以前読んだのかそうでないのか判然としなかった。そんなハナシってあるかい? とアナタは言うかもしれませんが、そうなんです。アナタにはそんな経験はありませんか? 実際に小泉義之の「ドゥルーズの哲学」(講談社現代新書)が2冊ある。スプートニク号の表紙の本がウチにあったような気がする。なによりミュウとすみれ、この二人に見覚え、じゃない聞き覚えがある。・・・。まあどうでもいいか。300ページを超えるが急転直下のラストシーンは3ページだ。なかなかのラブ・ストーリーです。ラストシーンのほんの少し前にこんなくだりがある。
 「すべてのものごとはおそらく、どこか遠くの場所で前もってひそかに失われているのかもしれないとぼくは思った。少なくともかさなり合うひとつの姿として、それらは失われるべき静かな場所を持っているのだ。ぼくらは生きながら、細い糸をたぐりよせるようにそれらの合致をひとつひとつ発見していくだけのことなのだ。」

 うーむ。比喩のようで比喩はない。諦念はあるものの静謐で端正な観念がコトバとなっている、そんな感じだ。あちら側とこちら側にまたがって生きている感覚を現実のものとして受け入れる。それはそのまま死の受容ともいえるだろう。なんとは無しにフーコーの死を思った。「かさなり合うひとつの姿」を手にしてフーコーは死んでいったのではないだろうか? と、そんなふうに思うのである。

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