2018年3月 Archives
3月16日の「徹子の部屋=角野卓三」。食事しながらみていたら、著作『予約一名、角野卓三でございます。』の話に。
これは、京都で一人泊まりができる宿のことだ、と早とちり。ネットで注文。昨日届く。が、これは宿ではなく、太田和彦と同じグルメ本だった。気落ちするが、まあ仕方ない。
開くと、食べ物のシャシンに僕と似た絵作りがある。たとえばこれです。食べ物のまんなかにピントがあって周囲はぼける。α7sとライカミニルックス抽出のズマリット。40mm F2.4。
次のは僕のグルメ。角野本とは無関係。茹で上がりの大村湾のタコ。タケノコは頭を出すと猪にやられる。しかしざまみろ海にはもぐれまい。プリプリしていてホントにうまい。いい塩梅に山椒が芽吹くのでぬたで食す。猪って山椒は食らうのだろうか?
以下は先日の食べ物屋さんで。
この一枚だけは、一切れ食して、しまった、とカメラ出し。
僕はほんに食べ物に「いやしか」ニンゲンです。これはもう本性でして。お口が慎ましい上品なかたには敬服します。
これは、京都で一人泊まりができる宿のことだ、と早とちり。ネットで注文。昨日届く。が、これは宿ではなく、太田和彦と同じグルメ本だった。気落ちするが、まあ仕方ない。
開くと、食べ物のシャシンに僕と似た絵作りがある。たとえばこれです。食べ物のまんなかにピントがあって周囲はぼける。α7sとライカミニルックス抽出のズマリット。40mm F2.4。
次のは僕のグルメ。角野本とは無関係。茹で上がりの大村湾のタコ。タケノコは頭を出すと猪にやられる。しかしざまみろ海にはもぐれまい。プリプリしていてホントにうまい。いい塩梅に山椒が芽吹くのでぬたで食す。猪って山椒は食らうのだろうか?
以下は先日の食べ物屋さんで。
この一枚だけは、一切れ食して、しまった、とカメラ出し。
僕はほんに食べ物に「いやしか」ニンゲンです。これはもう本性でして。お口が慎ましい上品なかたには敬服します。
コンタックスT3抽出=M42改造Sonnar35mm。α7s。
最初の絵。お店が仕舞えたのだ。県央であちこちに出しては消えていった。当初は味も僕の好みでよく利用していた。最後に出店したここは、数年前からバイキング様式になって、ああもうダメだなあ、と内心思っていた。
厨房の調理道具が残されたままの店内。こんなのはグッとくる。
このシーンでは立位で撮影するのは勇気がいる(目立つ)。滅多にしない。
それにしてもいいレンズだ。
工房の知人と知り合ったころから使っているレンズ。固定絞り。デジカメの時代だから、たとえば風景用に絞られていてもうまく付き合える。7sでも7Rでも使ってきたし、風景にもブツ撮りにも重宝してきた。
「断捨離」を大きなテーマにして心して生きてゆこうぞ、などとクチでは大それたことをノタマう。ゆうだけはタダだから・・。実際かつ本格的に「断捨離」に舵を切ったとしても、いくつかのレンズはずっと残るだろう。そんなレンズを代表する一品だ。
知人自身が、彼の知り合いから水没したコンタックスT3を得て、それから抽出したものだ。それを知人は、代金も受け取らずに僕に持たせた。
そろそろ桜の開花だ。
今年はどれどれのレンズを使うか、すこしばかり悩む。
最初の絵。お店が仕舞えたのだ。県央であちこちに出しては消えていった。当初は味も僕の好みでよく利用していた。最後に出店したここは、数年前からバイキング様式になって、ああもうダメだなあ、と内心思っていた。
厨房の調理道具が残されたままの店内。こんなのはグッとくる。
このシーンでは立位で撮影するのは勇気がいる(目立つ)。滅多にしない。
それにしてもいいレンズだ。
工房の知人と知り合ったころから使っているレンズ。固定絞り。デジカメの時代だから、たとえば風景用に絞られていてもうまく付き合える。7sでも7Rでも使ってきたし、風景にもブツ撮りにも重宝してきた。
「断捨離」を大きなテーマにして心して生きてゆこうぞ、などとクチでは大それたことをノタマう。ゆうだけはタダだから・・。実際かつ本格的に「断捨離」に舵を切ったとしても、いくつかのレンズはずっと残るだろう。そんなレンズを代表する一品だ。
知人自身が、彼の知り合いから水没したコンタックスT3を得て、それから抽出したものだ。それを知人は、代金も受け取らずに僕に持たせた。
そろそろ桜の開花だ。
今年はどれどれのレンズを使うか、すこしばかり悩む。
3月弥生。折々のことば。田中美知太郎。
田中美知太郎は、僕が20-30代の当時、2018年現在立花隆が務めてる文藝春秋の巻頭言をやっていた。義父が購読していたのでときたまに妻の実家で読んでいた。
僕自身の出会いは高校時代(たぶん1年か2年)。岩波の哲学講座。いきなりプラトンがでてくるあれだ。
1948-49年生まれの高校生はみなが(女は除く)「三太郎の日記」やら「出家とその弟子」やら藤村操の「巌頭之感」にかぶれていた。中身にリアリティを感じるのではなくバンカラ気分。懐かしい、というのも恥ずかしい。
流体力学ではギリシャ文字変数がオンパレードだ。僕は工業高校にいて、おまけに誘われてバプテスト教会にまで行ってたから、アガペーは、アルファ、ガンマ、パイ、イータの組み合わせで字面(じづら)を読めた。だから岩波講座の田中美知太郎が鉄砲玉みたいに繰り出すギリシャ単語にも、見様見真似のアプローチをしたものだ。それなりに、ですよ。
一般的に言えば17歳に、「言説」の理解を期待することじたいが無理なんではなかろうか。彼らには単語(用語)をもてあそぶのが関の山なんです。
あ、そうだ。藤村操で思いだした。文藝春秋の3月号の「自裁死・西部邁は精神の自立を貫いた」で保坂正康はこんなふうに言っている。
「日光の華厳の滝で自殺した藤村操、芥川龍之介、光クラブの山崎晃継、そして三島由紀夫と、近代日本には、新たな時代を開いた自殺の歴史がありますが、西部さんの死も、この歴史に連なる自裁だったと僕は考えます。」
田中美知太郎は、僕が20-30代の当時、2018年現在立花隆が務めてる文藝春秋の巻頭言をやっていた。義父が購読していたのでときたまに妻の実家で読んでいた。
僕自身の出会いは高校時代(たぶん1年か2年)。岩波の哲学講座。いきなりプラトンがでてくるあれだ。
1948-49年生まれの高校生はみなが(女は除く)「三太郎の日記」やら「出家とその弟子」やら藤村操の「巌頭之感」にかぶれていた。中身にリアリティを感じるのではなくバンカラ気分。懐かしい、というのも恥ずかしい。
流体力学ではギリシャ文字変数がオンパレードだ。僕は工業高校にいて、おまけに誘われてバプテスト教会にまで行ってたから、アガペーは、アルファ、ガンマ、パイ、イータの組み合わせで字面(じづら)を読めた。だから岩波講座の田中美知太郎が鉄砲玉みたいに繰り出すギリシャ単語にも、見様見真似のアプローチをしたものだ。それなりに、ですよ。
一般的に言えば17歳に、「言説」の理解を期待することじたいが無理なんではなかろうか。彼らには単語(用語)をもてあそぶのが関の山なんです。
あ、そうだ。藤村操で思いだした。文藝春秋の3月号の「自裁死・西部邁は精神の自立を貫いた」で保坂正康はこんなふうに言っている。
「日光の華厳の滝で自殺した藤村操、芥川龍之介、光クラブの山崎晃継、そして三島由紀夫と、近代日本には、新たな時代を開いた自殺の歴史がありますが、西部さんの死も、この歴史に連なる自裁だったと僕は考えます。」