2012年2月 Archives

モノクロ撮影 準備編

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暗室清掃もほぼカタがついた。トライXを買わなきゃね、いよいよ。マスコタンクの使い方も「おさらい」せんとなあ。(いずれも拡大画像あり)



(NEX-7,Elmar 5cm)



(NEX-7,Summaron 3.5cm)

NEXはAPS-Cだからバルナックで撮るとこうはならないがモノクロ雰囲気はこんなものなんだろうね。よろしいですねえ、これ。さ、薬剤を溶きましょうかね。

無限ロックが落ちない

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『美術手帖』ホンマタカシ特集。
カラーネガのホンマは今も変わらないようだ。
タイプCとデータにあるが要するにネガプリントだ。
(拡大画像あり)



(NEX-7,Elmar 5cm)
Elmar 5cm、といえば現在NEXではこんな状態。
(拡大画像あり)



(EOS5D,Macro-Elmarit-R 60mm)

L39-NEXマウントアダプタに問題(欠陥)がある。
よそでも話題になっている。Elmar 5cmの無限ロックが
アダプタの縁に当たって落ちないのだ。出品者に言ってもほとんど取り合わない。イヤな渡世だ。知人に相談する。上のシャシンで見えますか?ロックピンの下部。アダプタに鑢でテーパーをかけてます。記念に、僕はこの細工にあえてペイントをしない。塗って隠さず、むき出しでいきます。もうひとつ。フィルムケースを切って胴部につけてる襟巻き!これは沈胴時にNEX内部に突き当たるるのを回避するためのストッパーの役を果たす。

ところで今日は東京マラソン。
藤原新がやりましたなあ。
(拡大画像あり)



これはTV画面をSEKONICで測定して
NEXのマニュアル撮影。6フィートあたりから
Elmar 5cmで撮る。開放3.5で1/40だったと思う。
Ⅲf・トライX想定をしてますので、ISO400でね。(笑)
Elmar 5cm。この個体は1937年製です。
カラーでもいい雰囲気ですねえ。

どげせん

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ジュンク堂には目論見をもって出向いた。それもいくつかのもくろみをもって。よって福新樓から直行。コーヒーもせず。ひとつは『どげせん』を読む(みる?)こと。朝日の「土下座はんらん」を目にしたからだ。
(拡大画像あり)



この「様態」はどんな文化的属性から派生したのだろう?「土下座」でトラブルが回避できる場面を想像すれば判然としない(わけのわからん)様相があるように思えなくもない。ぼくは土下座をしたことがあるかなあ?ともかく第1巻を買って読む。へんなジジイだ。うーむ。こういっちゃなんだけど、それほどこない。岩明均がいいなあ、僕には。(笑)評価は一時的な効果だからいずれ変容するかもしれないけれど・・・
せんだって現実に土下座した焼肉店の社長がいたけどあれもなんだかぴんとこない。鼻白まないでおれる土下座ってあるだろうか?
「土下座されて追い詰められる」・・そんなものかなあ?

マン・レイの写真集にフジタをみつけた。




それともうひとつ。これ。
(拡大画像あり)



そう。バルナックライカです。Ⅲf+沈胴エルマー5cm。先日知人から譲り受け。で、この日に外出させました。単に外出でして、撮影はなし。暗室を整理してからトライ-Xを買う予定でやんす。ビックカメラでD76とフィクサーだけ購入。おお、またぞろモノクロやるなんて、なんとまあヒト科の動物はこうも不思議な生き物なのでしょう。

Angenieux35-140mm

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ネットで、35mm映画用のAngenieux35-140mmを検索にかけてみた。結果は僅かだ。(おもしろい記事もある)アタマから僕のページが連綿とヒットする。そうかこれは誰も使ってないのか。うーむ。希少価値なら奮起して画像アップしませう。(笑)



午前9時半。室内。ISO1000。
F3.5 100mm。EOS5D。SILKYPIXで標準現像。

Angenieux35-140mmの特徴みたいなもの。
1.レア。よって取引価格は高価。(笑)
2.35mm映画用だからフルサイズではケラレあり。
3.画角を変えるたびにピント合わせ。
4.しびれるグルグルぼけ。

OLFA マットカッター

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OLFAの簡単マットカッターで切り抜いてみる
(拡大画像あり)



はじめのうちはこんなもんでしょう。歪んでいる。額はダイソー105円。マットは残り物。シャシン右はフィルム(フジ?)撮影の10円プリント。左は4000PXでのICC=WP印刷。紙は絹目。これらはかつてウチで飼ってた動物たち。みな天国へ出向いて今はいない。

アンジェニュー10mm

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NEX-7とアンジェニュー10mmは2mm厚の自作リング(ワッシャー)を挟むと「超接写」の世界になる。同様の効果はレンズ取り付けをゆるめることで得ることもできる。が、うっかりレンズを落下させるリスクはある。別のハナシになるが、このアンジェニュー10mm、無限遠が出ない。なんとも扱いに困るレンズだ。(笑)
(拡大画像あり)



街=ジャスコの酒コーナーで「超接写」実験をすると、次のように。
(拡大画像なし)



ケータイでもできることですな。これを大きく伸ばすイミがあるとも思えない・・(笑)じゃ本来の「接写」はといえば、↓
(Leica Macro-Elmarit -R 60mm 拡大画像なし)





これをアンジェニュー10mmでやるとこのようになります。単に円形に切り抜かれてるだけじゃないかといえば、まあそうですね。


Angenieux on NEX-7

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NEX-7にアンジェニュー28mmをつけて外に出る。SILKYPIXは最新版でもまだNEX-7には対応していない。が、Photoshopのcamera rawは対応している。グレースケールで現像してみた。
(拡大画像あり)



オールドレンズはモノクロ向きだなあ、と思う。

アンジェニュー10mm

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『ドゥルーズのどこが間違っているか?』続き。アンジェニューの10mm。NEX-7につける。無限遠はこない。そもそもピントリングそのものがない。扱いにくいがそこは「遊び」である。



緑のリングは自作。1mmくらいの厚み。オルファのコンパスカッターで作る。ダイソーで買った下敷き風の素材だ。ちょっと硬くて切り抜くのに難儀する。これら2枚を重ねてCマウントに装着。すると「超接写」ができる。



F11で日中室内_発光ナシ。拡大画像の樫村晴香が読める大きさにしています。
「言葉のサラダ」。樫村晴香で知った。分裂病の患者がそれをやるのを録音できいたことはある。大学の講義で。そのとき講師は、これは「言葉のサラダ」です、と説明したのかもしれない。が僕は樫村晴香で知った。リソースは『ドゥルーズのどこが間違っているか?』である。1996年の「現代思想」1月号です。ときどき読むことにしています。僕にドゥルーズからの転回はありうる、と予想する。いや、これは「身振り」かもしれない。安全牌として樫村を端牌に安置・・(笑)。樫村晴香の批判はずっと気になる。ニーチェは「言葉のサラダ」状だが、ドゥルーズは違う、と樫村センセは言っている。「正月とは全身の毛を剃ることです」というときその意味内容は身体作用なのだ、とセンセは言う。精神分析の立場も同様だと思う。「幻想はいわゆる観念の産物ではなく、身体の中に現実の支えを持っている」とは新宮一成である。ニーチェは強度と反復でそれこそ身を挺して生きた。いっぽう僕のドゥルーズは実にあいまいだ。Rayqual=宮本製作所のM42-EOSアダプタが届く。取り付け部分を10mmシネレンズで。↓(部分拡大画像あり)


下はEOS=アンジェニュー35-140mmで。↓F値は開放。ISO1600。80mm付近。ピントは冊子の白い文字。(拡大画像なし)縦位置で撮りました。このレンズはもともと35mmフィルム用です。フィルム面に対して映像は縦に映ってますよね。ハーフで。だから同じようにしてみたのです。アハハ。ばかばかしい。

アンジェニューのこと

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ANGENIEUX 35-140/3.5は背景が
回転するような具合になる場合がある。
開放F3.5かな。こんな感じ。
(拡大画像なし)





不思議ですよね、これ。
(いうところのコマ収差だと思う。古いレンズだからねえ。)

さて、やっとエキザクタ⇔NEXのアダプタが届く。
以下はエキザクタマウントのANGENIEUX 1:3.5 28mm
TYPE R11を取り付けたnex-7です。
(拡大画像なし)



nex-7でCマウント以外のフツーにケラレなしの
画像がディスプレイに出ました。(笑)
使うのはこれからということになりますが、
とりあえず曇天・雨模様を一枚。
(拡大画像あり)


まあなんと面白味のないレンズなんでしょう。(笑)

ANGENIEUX 17-68mm zoom TYPE L1

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nex-7用にアンジェニューを3本ものにした。
エギザクタのマウントアダプタが届かず
単焦点のANGENIEUX 1:3.5 28mm TYPE R11 はまだ試してない。
以下はANGENIEUX 17-68mm zoom TYPE L1 です。
(いずれも拡大画像あり)







2枚は35mm換算で40mm辺り。最後は換算100mmくらいかな。
絞りはF11に絞り込んでいます。
16mmフィルム用のシネレンズだが
スチール写真もどうしてどうしてあなどれない。
「遊び」を堪能させてくれますよ。うむ。
これをパナのG系のマイクロフォーサーズに付けると、
イメージは大きくなります。
nex-7はAPS-Cですのでこうなるわけです。

Angenieux 35-140/3.5

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アンジェニー、Angenieux 35-140/3.5は
作例がネットにはほとんどない。
業務用ですからねえ。
(拡大画像でみてください)



鉤がついてる漁具にピント。
オレンジ丸の反射板がすぐ後ろにあります。
ほぼ同じ位置から奥にガードレールのポールが
続くのがわかります。
勾配のついた上り坂です。
そのポール、最初の1本目から奥に向かって
すうーっと毛筆で引いたようにあっさりぼけています。
線には乱れがありません。
ぼけが浅いというのはこれなんですね、きっと。
シネマ用のレンズには不可欠の機能=力能だと思う。
朝のわずかな陽光。彩度が高いというのでもなく緑がきれい。
(モノクロ映画時代のものだろうけどね)





アンジェニュー(angenieux)の映画用レンズを
借りてEOS5Dで試したみた。
いやはや。



たぶんわかる人にしか意味がないことでしょうね。
漁船の電燈笠に合わせてます。
が、そこはやはり映画用レンズです。
対岸の漁船と遠方のピラミダルな経ヶ岳が
同じようなぼけをしています。
そして山の線(輪郭)はきれいに出る。
今様のデジタルビデオ映画ではなくて
昔の映画はこんな背景をしてますよね。
「女が階段を上る時」のおばけ煙突がそんな感じ。
いいですねえ。
こんな遊び写真ができるなんてうれしいねえ。
すごくいい。
ドゥルーズ=シネマ=フランス=アンジェニュー。
これこそ邂逅です。触発し触発された「効果」です。
ちなみにEOSにつけた姿はこんな感じです。



ごついですねえ。これで街のスナップというのは
さすがに無理ですか。
さてこの真円のショットはというと
こいつで撮ったものです。



nex-7です。レンズはこれも一応シネレンズです。
やはりアンジェニューです。10mmF1.8ですね。
8mm用?16mm用?
C-NEXのマウントアダプタを使ってますが
無限遠がきません。ワッシャーをはさんで
5.6あたりから遠景がまあシャープになります。
ピントリングはありません。

nex-7ブツ撮りは
先のEOS5Dと映画用アンジェニューということになります。
ややっこしいですね。(笑)
EOSのレンズはAngenieux 35-140/3.5というもので
フルサイズでは隅がケラレます。
はじめの円形に近いのはワイド側。これは単にフード効果。
ムード満点のブツですなあ。

ダイソーの額縁

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医療センター での待ち時間はドゥルーズの文庫版を読むことと決めている。今日はこの箇所から始めました。エルマー65mm(ビゾ)EOS5Dでひざのうえのショット。(拡大画像なし)



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体についての第二の命題は私たちに、ひとつの体のもつ触発しまた触発される力を考えよと言う。ひとつの身体(またひとつの心)を、その形やもろもろの器官、機能から規定したりしないことだ。スピノザにとってひとつひとつの身体や心は、実体でもなければ主体でもなしに、様態であることを、スピノザの読者なら誰でも知っている。ドゥルーズ『スピノザ』第6章。

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さて。「ダイソー 額縁」でググルと、花火のようにアイテムが出てくる。これはいい、と店に出向く。おもしろそうなフレームを6コ買う。そしてさっそくつくってみる。(拡大画像あり)



縦フレームの中のマットは厚紙で自作。横はのりパネに貼ったA5サイズをダイソーの卓上イーゼルを使ってみる。たのしいではないか。(笑)4000PXの連続供給をやめて純正インク。もうさまざまなICCプロファイルを試してみる。(30コ以上かなあ。あのsGrayも。)たどりついたのがこれらの色。モノクロはPhotoshoでredチャンネル、編集のグレースケール。ICCはSILKYのPM40PBWP=実はこれはWaterPaper P.(PK)だ。Photoshopの作業用プロファイルでグレーの読み込みをいじっても、最終的にはICCにもっていかれる。一方カラーはsRGBを使うと暗いホンマタカシ風味になる。エプソンのマゼンタを嫌うぼくはこの青みを偏愛している。つまりはICCを自作するしかないのだろうねえ。

内在とは

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ひとは速さ、遅さによっていつのまにか物のあいだにはいりこみ、他のものと結びついている。ひとはけっして始めるのではない。白紙に還元するのではない。ひとはいつのまにかあいだに、ただなかにはいっているのであり、さまざまなリズムをともにし、また与えあっているのである。
ドゥルーズ『スピノザ』第6章

僕たちの身体と精神が、どのように作動し持続し転回するかを現前に示すことは誰にもできない。誰であっても自らの刻一刻の微分的な「展開」を説明などできはしない。僕たちの内在はそれこそいつも小さな津波に襲われる。それを生きそれを反復して差異にみちた日々を送る。ドゥルーズのいうように、何かを始めたのではない。いつのまにか、そうなっていたのである。


SUMMICRON-R 50mmF2 EOS5D

スピノザ「内在的原因」

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「神は、あらゆるものの内在的原因であって超越的な原因ではない。」スピノザ 『エティカ』第一部。
そうなのです。神は世界そのものでありんす。そうした「内在的なもの」が活動したとき(というより、活動しないことはないのですが)僕の欲望は誰の目に見ても歴然と様態化する。
スピノザによれば欲望は衝動と同じものだ。それはとどめようがない。そんなこんなで僕は古いライカレンズをいくつも所有することになったわけです・・(笑)ヒマラヤの壁面のこの場所には、ずっとピンストライプのNY松井秀喜が陣取っていた。エンゼルス、アスレチックス時代もそうだった。
ジャスコにお寿司を買いに行くときのスナップ。いつのまにイチローになったのだろう?そうそう、今日は節分とかでジャスコにお寿司はなかった。ぜーんぶ、恵方巻きだった。初めて恵方巻きなるものを食した。(フツーの巻き寿司だけど)



MACRO-ELMARIT-R 60mmF2.8 EOS5D

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