2010年11月 Archives

小林桂樹 社長紳士録

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「惜別」の記事。小林桂樹。86歳。


(拡大画像で記事が読めます)

少年の頃「名もなく貧しく美しく」に泣いた。
電車内での高峰秀子との手話シーン。
あれにつきる。
後年、20代半ば、出張のおり
ひなびた映画館にこれがかかっていた。
いちもにもなく入った。
またしても大泣き。(笑)

この手のものにはからっきし弱い。
「ドゥルーズの配分」と揶揄して、
彼の映画論のある部分を疑うのには
僕なりの現実感覚があるからだ。
ドゥルーズ兄よ、それはちょいと違うぜよ、と。

さあ、小林桂樹ですね。まずはこちらから。



知る人ぞ知る『社長紳士録』です。
今年になって森繁も池内淳子も物故者となりました。
『社長紳士録』にはその池内淳子も
鹿児島の芸者役で。ほら。


(拡大画像で横1920が出ます)

先の埋め込み動画について。
(興味がないヒトはスキップされたし。単に備忘メモ)
1440信号のTSもPowerDVDで再生して
静止画像をキャプチャすると1920です。
1920を5で割って384のflvにしたわけです。
TMPGEnc のflvプラグインが当方にないので、
いったん横384 mp4にして、
それをAny Video Converter でflvに。
そのときサイズ指定を original で。
「キュア」のラストシーン。
奥中ほどの帽子の男、佐久間=うじき。
ウェイトレスの肩に触れる黒服の同僚、女医=洞口。
(と思う。違うか?)
これは監督の遊び?意図?
ウェイトレス右手にしっかり握られたナイフ。
めざす場所はどこ?
帽子男の真横ですべての出来事が切断。
クレジット画面へ移行。

まあ、ともかくも多義的だ。
結晶イメージはいくつもできる。
あなたが向かうイメージや如何。

記号と事件

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「唯物論的精神医学とは、」と『記号と事件』は
語り始める。(文庫版P41-)
「欲望に生産をもたらし、また逆の方向から
生産に欲望をもたらす精神医学のことです。
妄想の対象は父親ではないし、(父-の-名)でもない。
妄想の対象は歴史上の人名であるわけですからね。
妄想というものは大規模な社会の機械に組み込まれた
欲望機械の内在性に近い。
あるいは歴史的に限定された社会の領域が
欲望機械から備給を受けることだと考えてもいい。
精神分析が精神病の何を理解したかというと、
それはオィディプスや去勢につながる「パラノイア」の線
なのであって、またそうであればこそ、
オィディプスや去勢のような抑圧装置が
無意識の中に組み込まれることにもなったのです。
ところが妄想の分裂病的基盤、つまり
非家族的な運命を描く「精神分裂病」の線は
精神分析の理解を完全に超えている。
精神分析は狂気の声を聞くことができなかった、と
フーコーが述べていますが、じっさい、精神分析は
あらゆるものを神経症に変えてしまう。」

さて。
アスペルガー症候群はどうなんだろう?
門外漢の僕がいうのはおこがましいが、でも問う。
アスペルガーもひたすら「非家族的」な運命線上を
走り続けているのではあるまいか。
「唯物論的精神医学」のことはおくとして、
ここでのドゥルーズの言を参照項とする、
それは可能か?
適用することはできるか?
結局は何処に行こうがDSMによる基準と処方によって
「脳内科」(新宮一成)的なお薬をもらうことになる。
そんな病がけっこうあるのだ。
「心療内科」。あれは何だ、と思ったことがある。

医師がまず「やまい」について無知なのだ、と知っておこう。
だから僕らはとりあえず
自分を患者となす医師になることからはじめる。
検査も最小限にしておこう。
僕は毎年やってきた「胃検診」を今年はパスした。

場所 33.586971,130.394926

記号と事件

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「じっさい、私たちの関心をひくのは、物や人を、
あるいは主体を導き出す個体化の様態ではない。
それとは違った個体化の様態があるのです。
たとえば一日のうちのある時間、
あるいは地域の個体化、なんらかの気候、
流れる河、そよぐ風の個体化。
つまり〈事件〉の個体化ということですね。
それに、人や主体が存在するという信念は
まちがった考え方かもしれないのです。」
ドゥルーズ『記号と事件』(文庫版)

これだけでも、ドゥルーズという思想家が、
どれほど革新的であったかが感じ取れる。
ほとんど痛切な直感として届く。
概念という名のこれは美しい詩そのものではありませんか。
僕たちはある特異な諸線がおりなす地点で
特異な事態を受肉する。
それこそが個体化とよばれるものであり、
そこにつくねんと在るその人が主体なのだ。

ところで。
半月ほど前「九州国立博物館」にいったおりのこと。
太宰府駅の駅員に二日市での帰りの乗り継ぎを
調べてもらった。
ジャケットの内側から出てきたのはなんとダイヤグラム。
40年ぐらい前に西鉄駅員に尋ねた折にも
使っていたソレだ。
いまでも使うのだ。感動ものだ。

ネットで調べると私鉄では西鉄くらいなもんだ。
しかも小型版を一般配布している。
一昨日天神駅でもらってきた。(拡大あり)

福新樓「古式皿うどん」を待つ間
『記号と事件』(文庫版)を読む。
香水おばさんが隣席に。掻き込んで早々に退散。

新天町マクドナルドでモバイルする。引き続き読書。
コーヒーのお代わり。

天神コアを抜けてまずは定点観測地へ。Ultron 40mm。


スタバ店内を「ぬけられます」実行。
ジュンク堂のシアトルズ側カウンタへ直行。今日の本。
(拡大あり)


略語「カラ兄」はカラアニとでも読むのか?
違和感アリ。すぐ狎れる。
カウンタから見下ろすシアトルズベスト。


「不能説的秘密 言えない秘密」の
スカパー!e2 のコピワン録画を
初代 rec-pot にダビング(ムーブ)した。
ノイズが入る。これはスカパーの仕様?
僕が知らないだけか。
もちろんHDDからオリジナルは消滅。
うーむ。僕の環境だけのことか?
しかたがない。
youtubeから、かの「ピアノバトル」場面を。


言い忘れたが、
BS-hi は問題なくムーブできる。

カフカとの対話

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「では老年が、あらゆる幸福の可能性を締め出すのですね」
「そうではない。幸福が老年を締め出すのです」
彼は微笑みを浮かべながら、
すくめた両肩の間に埋めようとでもするように、
頭を前に傾けた。
「美しいものを見る能力を保っていれば、人は老いぬものです」
グスタフ・ヤノーホ『カフカとの対話』(吉田仙太郎訳)
(組画像あり)


どういう経緯か知らぬが
国見高校で除籍され、寄贈されたもの。
こちらも借り手は少ない。
10年ぶりの外泊だ。

ドゥルーズは言う。
「書くとは、みずからの思い出、旅、愛や喪、
夢だのファンタスムだのを物語ることではない」

が、たとえドゥルーズにそう難詰されようとも、
人はそれらのものを書き綴る。
もとよりそうすることが、眠る、食べると同じように、
人に欲望されているからにほかならない。

赤胴鈴之助(1957)

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小学生の時分、一等楽しみな学校行事が
「映画鑑賞」だった。
これは1957年の映画でシリーズ第一作。
はじめに武内つなよしの挿絵が入り、
「名を、名をなのれ! 赤胴鈴之助だあ!」の挿入歌も。

ch239 で全シリーズ9作が放映される。
昨日その第一作をみた。
やっぱり!竹の棒を使った「チャンバラ」シーンが随所に。
このチャンバラを当時の少年はまねた。
言うところの「チャンバラごっこ」それだ。
で、小学生が大怪我をする、という事故があった。
それが物議をかもしたのだろうか、
赤胴鈴之助の学校引率鑑賞は終了。
一転して、不適切芸術になったのだ。

竹の棒=道具には何の罪もない。
ドゥルーズに倣えば、
竹の棒は戦争機械であり、玩具であり、農具である。
60年代のエレキギター、2010年JKのケータイも
同じように概念は適用できる。
でしょう?

ともかく第一部で、記憶を再確認。
その後の梅若正二も林成年も見続けたので
単独で見に行ったものと思われる。
僕は小中学生の頃から一人で映画館に行っていた。
僕の相手をできない育ての親が
映画を観に行け、と小遣い銭をくれた。

さて、退職後の僕が第二部「鬼面党退治」以下を
続けて観るかどうか。・・みよかな。(笑)


位置は 33.591413,130.39726
天神の証券ビルの脇道。
ANDO.COFEE since 1977 とある。
僕が証券ビルに通ってた頃の同じミセじゃないな。
知らずに済むならその方がいい、と
かつて一度も思わずに生きてこれた人は
きっと幸せなお方なのだ。
しかしそんな人でさえ、
見ざる聞かざる、知らぬが仏で
臭いものに蓋の虚構に飽き足らなくなることが
あるかもしれない。

カフカという世界文学史上のフィギュアは
マックス・ブロートがカフカの遺志(遺言)に反して
作品や日記をこの世に出したせいで(おかげで)
私たちの前に出現した。
これは巷間に流布した事実と言えよう。
そのマックス・ブロートも、長い間ミレナを
表に出さずにいた。
ミレナの以下の手紙を見る限り、
(ただしこれはマックス・ブロートの
『フランツ・カフカ 評伝』の中で用いられたもの)
ミレナはカフカとの親交そのものを
秘匿していたかったのではないかと思われる。


(松下たえ子編訳『ミレナ 記事と手紙』より)
1924年ミレナ28歳である。
そしてミレナの死後8年経った1952年、
カフカの手紙をミレナ自身が託した、
ヴィリ・ハースそのひとによって
『ミレナへの手紙』として世に出ることになる。
世に出る、と記したが、まあ暴露である。
日本には辻瑆(つじひかる)訳で出た。
僕のは戸塚1丁目の二朗書房のシールが貼ってある。
そこで買ったのだろう。


そしてこれは新潮社から80年代に出た『手紙』と『日記』。


僕の書架にまだ居残っている。
大江健三郎もヘルダーリンも金子光晴も消えたのに、
カフカやニーチェが残ってる。
潜勢力が持続している。

ミレナ 記事と手紙

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松下たえ子編訳『ミレナ 記事と手紙』を
ジュンク堂で手にとって開き
その後県立図書館にリクエストしたのには
次の箇所に触れたことから。
「フランクの不安が何であるかに関しては、
末梢神経に至るまでわたしには分かっています。
不安はすでにわたしより以前から、
フランクがわたしを知る前から、存在してました。
わたしはフランクを知るより前に
フランクの不安の方を先に知っていました。


マックス・ブロートに宛てた手紙の中にある。

ミレナそのひとについて、
僕は何も知らないといってよい。
『ミレナへの手紙』の宛名の人、
短い間恋人だった、ということ。それくらいだ。
2度離婚し強制収容所で死んだことも初めて知った。

みすず書房から去年刊行されている。
記者だったミレナの記事と書簡から編纂している。
カフカに宛てた手紙、いわば「フランツへの手紙」は
残されていない。
(カフカ自身が処分したとも)

この書籍、真新しくて
県立図書館から外出するのも初めてである。
(720の画像あり)


右の赤帯の冊子はというと、
「石原8年誌」である。
今年になってこれはなくなって、
旧来の10年誌と新たに5年誌が加わった。
僕の2冊目の「8年誌」が今年で終わる。
(つまり16年付けてきた)
で、「廃版」8年誌をネットで捜し、買い求めた。
いってみれば賞味期限切れの代物である。
2010-2017のものだから2段目から記すことになる。
終いまで使いおおせるだろうか?

カフカは日記をミレナに託した。
(カフカの死後マックス・ブロートに渡る)
これが hisaakies case では、日記のたぐいは
時期をみてすべて焼き捨てることになるだろう。
ニンゲンは成り立ちからして特異かつ
奇妙なパラドックスのなかに生きている。
悦ばしいリゾームだ、と言っておこう。
磁場に入ると磁針は振れる。
このテのミステリアスなラブ・ストーリーの強度は、
超弩級、まさにA級なのです、僕には。
中身のことは一応置いといて、
ジェイ・チョウ自身の見事な曲・演奏をmp3で
聴いてみましょう、ともかく。
バッハ+ショパン調。
ファストテンポのあとスローテンポ。
スローの方は、演奏は別人かもしれない。
(次回放映はch240で11月13日朝)

動物になる

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ドゥルーズの基本概念、「動物になる」。
ハンスは諸力の中に引きずられ馬になったのであって、
馬の首=パパ=ペニスなんかじゃない。
ドクターフロイトは何か捉え損なっている・・・と。
いわくドゥルーズの「生成変化」の概念は
『批評と臨床』の第1章冒頭、そこにも、ある。
こんな衣装で漂う概念を僕は偏愛してさえいる。
その第1章をスキャンしてますんで、読んでみます?
(横1150ピクセル)



さて。
これがコンフォートホテルの「快眠ピラー」です。

黒崎ではデパスなしで一睡もできなかったが
うわさのコイツだけはしっかり見届けてきた。
昨日届いて早速使ってみた。
良好。

ハンスは馬になる

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福新樓で2日続けて博多皿うどんを食す。
待ち時間に昨日は「子供たちが語っていること」を読む。
もはやそこではみずからがなるところのものと
みずからとを区別することができないような
近接性のゾーンに到達しつつ、ハンスは馬になる・・
というかの9章だ。『批評と臨床』

今週は用向きで3度も天神に出る。
月曜日のジュンク堂は混んでいて立ち読み。
ミレナ・イェセンスカー(松下たえ子編訳)
『ミレナ 記事と手紙―カフカから遠く離れて』を。
昨日はカウンタで池内紀 『カフカの生涯』。

カフカはATOK変換で「過負荷」になるくらい遠い人?
僕のカフカ体験は高校時代に始まるが
21か22歳の頃、ヤノーホの『カフカとの対話』が
印象にある。「不壊なるもの」もここで覚えた。
県立図書館に『ミレナ 記事と手紙』・『カフカとの対話』を
リクエストする。

位置は、33.591156,130.40058
(コピペしてgoogleマップで検索すると地図)
ジュンク堂横の路地、僕の定点観測地。僕の富良野。
最初は月曜日。5D=ULTRON 40mm F2。
(拡大画像なし)
次が水曜日。5DMark II=EF16-35mm F2.8L II 。
(拡大画像あり)
三脚立てて撮ろうかなあ。富良野だもの!(笑)


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