2016年2月 Archives


(α7sとNEOKINO改)

「専門化や効率化が進むと、組織が細分化して情報が共有されず、まるで『サイロ』に閉じ込められたようになってしまう現象」を「サイロ・エフェクト」という。
シャシンのジリアン・テットの言。『サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠』は彼女の最新刊。
(2月27日朝日新聞「フロントランナー」から)

記憶に新しい群馬大病院での不祥事。
同じ医師が執刀した腹腔鏡手術で8人が死亡する事故。
細分化された職場にいて、人としてのやわらかい日常的なこころを共有できない医師。
それは単に「専門バカ」と言って済むものではない。
医師もまた日本独特の「サイロ・エフェクト」の犠牲者なのではないか。
独立行政法人国立病院機構に入院した経験のある者にはわかるかもしれない。職員は持ち場の時空間だけ「やり過ごす」ことを職能としているとしか思えないところがある。
患者や家族の日常的な都合を統合的に受け止める眼はどこにもない。部署としては組織上存在するかもしれぬが実質は機能せず「壊死」状態だ。
異常な手術・事態であっても誰も口を挟まないそんな体質はたしかに「サイロ」にたとえられよう。いや私たちはもっと親しいコトバを知っている。そう。「蛸壺」だ。「蛸壺エフェクト」と呼んでもいい。

彼女、ジュリアン・テットはケンブリッジを出た後、タジキスタンに滞在。現地の人の家に住み、日常生活を共にしながら結婚の風習を研究した、とある。

資本=ネーション=国家の息苦しい壁を貫いて、突き刺して、私たちヒト科のニンゲンがどのようにあれば固有の幸福に接近し、固有の領域で死ねるのか、それを考えない夜はない。

α7RでヘクトールHektor28mm

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ここをいつかHektorで撮影しようと思っていた。



松本竣介の絵を思い出しました。絵画的にみると、みぞふたも電線もむしろ絵になる。
7RとHektorでのカラー撮影は周辺色むらが極端に出る。



それでも「効果」としては、色付きのほうがいいのかもしれない。
「デジタルに変わって10年くらいたつけど、フィルムは、イヤっていうほどやったからもういいよ、という気持ちが強い。フィルムのよさはイヤというほど知っているけど、印画紙がなくなり現像液がなくなって、そんな現状でフィルムにしがみつく理由は僕にはない。プリントはもはや懐かしいだけ。どうあれ、写真をすごい量撮らないとね。撮る量の少ない人って、結局世界への欲望が薄いんだ。」
(森山大道)



「現代思想」。本誌のほかに月に2冊も来たりする臨時増刊号。
数学音痴の僕に「リーマン予想」。
本誌だけにすることにする。



ペンタックスK20DにMACRO50mm。
α7sとNEOKINO_M42改。極端なフレア現象を回避するため、絞り用の円形紙片を噛ませています。
改造した知人はもともとそのように製作しています。(ここ)
M42のネジが両面に切ってあるのでレンズを前後つけかえての使用もできる。
もとはプロジェクションレンズだったと思う。

今朝の枯葉・枯れ枝特集。w
SS優先。レリーズ時に動いてピントがずれているのもある。
SILKYPIX現像。Photoshopの自動カラー補正を施す。













さて。
エミール・ブッシュのNEOKINOを実用=遊びに使用している男は、世界広しといえども限られています。
検索にかければお分かりになると思います。
このような「特権的」な遊びは、エミール・ブッシュへの改造の技巧があるからだ。
技巧が夢を生む。謝謝。

柄谷行人 津島佑子追悼

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これが「技芸」つまりは柄谷「芸術」なのです。
NAM失速のあと、なんとなく柄谷行人を斜交いに眺めていたが、少し見直しました。うむ。
フーコーの「エピメレイア・ヘアウトウ」をも想起します。
ここには、記事のなかにある「愛」がある。「共感」がある。
「理解」もある。
吐露された柄谷行人のパトスは「批評」といより僕には「技芸」を感得させる。
柄谷行人自身が「愛」や「共感」を求めていることを表している、と思われる。

私たちの連綿と続く意識の流れ。そのなかで瞬時燃えて光り、わずかな継続があり、やがて消失するもの。消失してのちの残余。
ヒトはその「残余」を語らないではおれないのだ。そのように掬い取られて語られたものだけが、ただそれだけが私たちの道しるべとなる。私たちを救う。
かくして、私を救うものは私の中にあらかじめ埋め込まれているパトスなのだ、という思いに至る。
(PDFは100パーセント表示に固定しています)

NEOKINO

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7sとNEOKINO改。

明星の中華三昧

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明星の中華三昧=醤油拉麺。
出来上がる。きれいな色を撮りたくなる。
NEX-7とコンタックスT3抽出レンズSonnar2.8/35mm。
2階に持っていって出窓で撮影。マメな男だ。
脳内に、撮影せよ、との作用物質が分泌されるのだろう。

いろいろ入れてます。手羽先を煮たのをほぐしたもの。もやし、辛子高菜もあります。緑はホウレンソウです。
拡大画像で見てくださいよ。完璧でしょう?
いやあ、ええシャシンだなあ。さすがアーティスト。w
今季二人出た芥川賞、滝口悠生の『死んでいない者』を読む。
先の本谷有希子の『異類婚姻譚』もそうだし、前回の又吉直樹の『火花』・・。物語は今様の装いをまとって次々紡がれる。
六畳ひと間のようにも狭い世界のテリトリーで
そこにはしかし込み入った事情がある。日常の(非日常か)些事がハナシの中心に居座る。
社会学の聞き取り調査にふれるような気分で読むが、読んでる当人はそれで時間をつぶせる。ありがたいことだ。

若い生き物が現れるその傍ら古びた者らは去ってゆく。
津島佑子は68歳というから僕と同じ団塊の世代だ。少し早い死だとおもう。


(7sとRollei Sonnar2,8/40)


(7sとNEOKINO改)

Linhof 95mm3.5

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ペンタックスベローズを使用しての
7sとLINHOF-TECHNIKAR 95mm3.5。

リコーGR1 GR28mm 改造

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青春、朱夏、白秋、玄冬。若い方には耳慣れないタームかもしれない。
玄冬。くらい冬。方角は北。
シャシンは西(西南)方向です。僕は冬景色がめっぽう好きで、外をみて夢中で家を飛び出すこともあります。
性根が玄い(くらい)男ですから親和力があるのです。w

さてと。α7RとGR28mm(F11以上相当の固定絞り)で。16時ごろ。
SILKYPIXのモノクロ2現像。
長辺920の拡大画像あり。周辺の流れもほとんどない。モノクロならベストマッチの道具ともいえる。





窓際に陽が差してきたので新聞を広げ、
7RとGR28mm(固定絞り)で。IDCのモノクロ現像。
下は撮影と同じ条件でセコニックで露出をとってみた。
セコニックのある絵は、NEX-7とコンタックスT3抽出Sonnar35mm2.8。
SonnarはF8相当固定絞り。IDCノーマル現像。
(セコニックの表示窓にピントをとると記事がぼける、感心します。w)
この3個目の抽出GR28mmのF値は、11以上だと思われる。





この顔に記憶がある。「仏人類学者・歴史学者のエマニュエル・トッドさん」と記事にはある。
ちなみに2月11日の朝日記事。
『シャルリとは誰か?』(文春新書)の著者。
来日したのだろう。
「文藝春秋」誌にもインタビュー記事がある。
A4スキャナにはおさまらない。
切り集めててA4サイズに継ぎはぎするのはうーむ骨だなあ。
「文藝春秋」の記事はカッターで切り外せば済むけれど・・。

上のは大きめに拡大画像を配置したけどさわりを読むのは無理か。
そのうち脳内から根性物質が出てくれば、PDF化をやります。
いい記事なので実行したいのだが、まずは撮る「絵」のことが「遊び=反復」の動機になっちまう。
今日のところはこれで。

ところで
その「3個目の抽出GR28mm」の姿です。
ほぼ実物大。絞り口径も見えます。
知人に依頼して製作してもらいました。(拡大画像なし)

コンタックスT3

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NEX-7とコンタックスT3抽出Sonnar35mm2.8(F8相当固定絞り)。
17時過ぎ。雨が来て、瞬時あがった場面。



色補正を施すべきかもしれない。
NEX-7の処理エンジンは特徴的だ。
(特徴的でないデジカメというのがむしろ想像しにくい)
まあ、好みでいえば僕にはこれでもいいのです。
食べ物のテーブルフォト。w
NEX-7にCOLOR-ULTRON 1.8/50mmや、コンタックスT3抽出のSonnar35mm2.8などをつけて
ファインダにへばりつく。すると時間が過ぎゆくのを忘れる。
ありがたいコトだ。
最初のふたつがCOLOR-ULTRON50mm1.8。最後がSonnar35mm2.8(F8相当固定絞り)。





ローライ35s

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先日「ピアノの森」第26巻(最終巻)、
芥川賞、本谷有希子の「異類婚姻譚」を読む。
最後の慰めはアートから汲み取ることになる。
アートに触れることによりヒト科の動物は慰撫される。
まさにシアワセの一里塚なのです。

「ピアノの森」は18年間続いたそうだ。
芥川賞の場合「選評」なぞは読まない。選者がだれかも知らない。
作品にふれるだけだ。
そして自分の中に
濾過されるときに出る音を無心に聴いている。
そういうことです。



α7sとローライ35抽出のゾナー40mm2.8。
個物の過去記事は、

ここで読めます。









Hektor 28mm6.3 ヘクトール

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α7RにHektor6,3/28mmをつけてバッグに。
モノクロの気分だし、暦のうえでは春だけど、まだ冬だ。
隅黒(造語)でもいい。
まず暗室とパソコン室から空を。
SILKYPIX現像。補正なし。











拡大画像でみるまで気付かなかったが、時計に自影が映り込んでいる。



α7RにTessar2.8/40mm(Lマウント改)。自然光。最短距離。絞りアバウト4-5。
SILKYPIX現像。

Linhof 95mm3.5

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α7RにLinhof95mm。



『現代思想』の臨時増刊号には「imago」も届けられる。
読むのに追われるのは「不自由」ではある。
が、不自由さには何かしら力、すくなくとも力の源泉のようなものがある。
ときには「恩寵」に似た感慨をもたらす。

NEX-7 E2.8/20mm テイスト

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NEX-7,E2.8/20mm。
SILKYPIXのテイスト使用。
上はハードモノクロ(WhiteTone)下はシネフィル。

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