出来事

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東京のホテルでのことだ。
大分県の温泉地で女性看護師が殺害された事件の犯人が
逮捕された、というニュースをテレビで知る。
1年前に僕は「出来事」という記事を記した。
この事件はずっと気がかりでいた。
ニュースの内容におもわず息をのむ。

犯人の男も同じころ神奈川県から出身地の大分に
向かったというのだ。知り合いを訪ねている。
天体の衝突のような「出来事」=萌芽はすでにここに
あるのか?(小泉義之)
カエサルの暗殺は何時完遂したのか?
紀元前44年のどこに起きたのか?(上野修)
それらの問いと同等のものです。

女性の「死」のどこかに内在的で、微分的な
いくらかの要因があるのだろうか?
男との出会いは、光を受けるのと同じだ。
外在であり衝撃の大きいスカラー値だ、と思う。
一方、男には人を殺める内在的なベクトルが、
触発されて暴力へと変様する情動が、
もともとあったといえるのだろうか?
意図をもって秘湯付近をうろついたとしても、
彼女と出くわすそのことは同じく外在ではないか。

スピノザはクモの合戦をおもしろがった、とある。
ハエをクモの巣に投げ込んでは戦うのを喜ぶのだ。
ハエにしてみれば、おのれの死は外から到来する。
見よ、死はこのように来る。
スピノザはそう言いたいのだろうか?
あるいはドゥルーズは。

人と人が、大分のある地点で「衝突」を果たす。
その「出来事」も何かしらの効果ではある。
が「死」を受肉した個体は自己への効果を
見届けることはできない。
ジョー・ブスケが、自らの「傷」を「運命」とみる、
そのようになすことはできない。

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このページは、が2011年9月18日 19:38に書いたブログ記事です。

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