Results matching “テーブルフォト” from 新地のドゥルーズ
これは再び家にやってきたOFFCINE ESAOGで撮影。α7R。コカ・コーラフィギュア(ファイナルファンタジー10のLULU)の大きさを目薬と比べている。
とはいいながらも、ライカや工房作の抽出レンズ、ペンティアム4のコア、読んでいるアガンベンなどを配置している…。あざとい。(笑)
自家用車をやめにしたとき、僕はすぐに「身体の使用」を県立図書館から借り受けた。とりあえず「すがった」わけだ。
次のは今しがた撮影したもの。同じESAOGで撮影。カメラはα7s。今読んでるのはやはりアガンベンの最新作。全編がコロナを口実にした生政治批判です。今ちょうど半分を終えたあたり。
アガンベンはイタリア=82歳。レンズのESAOGもイタリア。数日前はモニカ・ヴィッティがなくなった=90歳。
サムネールにマウスをもっていくとファイル名が出ますね。たとえば真ん中だと
0303_7s_DOGMAR_PS_1-15sec
って出ます。三月三日に7sとDOGMARで撮影する。Photoshop現像。1/15秒で撮影。
75mmを1/15では使わないので「手持ち」由来を残す。
ときにヒトは書かいでもよいことをわざわざ記す。土俵を割っても懸命に相撲をとる。これはクリシェ(cliché)なんかじゃなく情動のほうですね。だから生きていける。恥だけどアホがやめられないヒトこそ生き延びるんじゃないか。
と、思う。
さすれば蛇足。0303_7r_fumei_auto_open_tripodなるファイル。
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内心へこんだ時でもシャシンしないことはないです。しますね。PCテーブルでごにょごにょと。
①Biogon35㎜と7sでコカ・コーラのファイナルファンタジーのフィギュアですが、バックはゴハンスキーの表紙。
②合成画像は壇蜜と結婚した清野とおるの「ゴハンスキー」。セブンの海鮮お好み焼きの話。現在の同等品はこれかなあ。
③コンタックスTvs抽出レンズと7s。セブンに同じものがなかったのでコレを食べてみた。まあまあの印象。200円くらいだった。
以下はe16-50mm。
④北有馬産の柿を5個いただいて干し柿に。これが実に甘い。
⑤知人に頂戴した40.5mmのフォクトレンダーのUVフィルタ。調査したらばBiogon35mm用の純正品。
⑥これまた頂戴したチンゲン菜。鶏胸肉と炒めて。うまかった。w
Kern-Paillard YVAR 75mm F2.8 AR。元々はCマウントのレンズ。YVARですが、Chrome自動検出ではアゼルバイジャン語=ヤラーと出る。工房のM42改。借りてきました。α6300に付けた姿をさっそくテーブルフォト。絵はα7sとレモン社購入のSUMMICRON-R 50㎜。F2.8で撮影。うん、情動全開です。チャクラが宇宙に向けて開く。カッケーですな。w
昨日はこれとCarl Zeiss JenaのFlektogon 4/20も借りてくる。6300にYVARを付けてそのFlektogonを撮影。
逆に6300にFlektogonをつけてYVARを撮ります。
YVARは75㎜なので素直にα7sに付けて撮ります。はじめの2枚は開放。カフカ以降はF4です。補正なし。
カフカ本はみな処分し手紙と日記を残してる。かなり傷んでる。
10月4日朝のテーブル回りも、現像結果もそのまんま。やらせと補正なし。w
前日に「ライカ1c 改 1f」というWebページを閲覧するかたわらテーブルフォト。結果、テーブルがごちゃごちゃしてる、ということなんだろうか、いやそうでもない。最近は普通がこうなのだ。ともかく最初の絵に「つくり」はない。リモコンのそばに撮影したカメラがあったのでそれは画面から消失してるけれど。w
でその前日のテーブルフォトを以下に。ライカ逆像ビドムにピント。
上。6300とアンジェニュー17-68mm。68mm側。距離1.2m。F4。矩形切り取り。
中。7sとSUMMICRON-R50mm。M42改。
下。7sとメディカルニッコール120mm。M42改。右端、メガネ横の7sに取り付けてるのがMedicalNikkor120mmです。
ビドムのついてるライカですが、1949年だと思います。
Photoshop CC 2019のこと。なにかと面倒だった消しゴムが進化。α7s=Zeiss Opton Biogon 35mmで撮影した絵に「スポット修復ブラシツール」を施したシーン。
Bluetooth オンの下方のパスキー(?)を消去している。周囲との違和感がまったくない。テーブルフォトに端を発した遊びで数時間をつぶすことがある。
左に少し映り込んでいるのはCZJのSonnar5cm、右はオリンパスミュー2抽出のレンズ。いずれも知人工房製作。
老眼鏡にハズキルーペを重ねた姿を、α7sとミュー2レンズで撮影。(絞り開放)
次なるは同じ場面をコンタックスTvs抽出のVario-Snnarで。(開放)
Tvsが少し広いので画角30㎜くらいか?
撮影距離35㎝。三脚、リモコン使用。
以下2枚は横が1400あります。w
手に持ってるのがリモコンです。距離1メートルくらいか。画像にはカメラ情報を入れています。プロパティでみれます。
リモコンは最近テーブルフォトで活躍している。たとえば、
ISO100固定なのでノイズはない。三脚とリモコンのお世話になります。7sのローパスフィルタレスのメリットもでる。
さて。下の絵は、現場状況をNEX-7でスナップ。設定ミスで1/5秒で切る。だがさいわいブレはない。アスカ撮影に使用している三脚はultra-podです。ultra-podは米国製でけっこうファンがいます。(横1200の拡大画像あり)
①シャッター音。下品で恥を知らない音がする。これだけで普通に断念する。w
②Mモード撮影(マニュアル)はISOをオートにすると400に固定される。これが決定的にソニーのαシリーズと異なる。といってその都度ISOを手動でやると手間がかかる。
実は上の2枚は右側隅がケラレてます。花形フードがほんの少し傾いていた。すいません。以下は外。フードは正常。
さて。STOKアダプタをつけてα7R+タムロンのテレ側75mmでテーブルフォト。F4,1/80,AvだとISOはオートで3200。MF撮影。ピントは中央のアルミ缶の「Leitz」。SILKY現像。Photoshop使用。色補正なし。
アルミ缶はヘクトール28mmをヤフオクで購入した際に付属していました。みなさんコレ見たことありますか?オーナーの別注品でしょうか?
先ごろ「正体不明レンズ」として紹介させていただいた知人工房作のコレ。Kominar105mmで撮影した絵の左端の大ぶりのレンズ。
Medical Nikkor 120mm F4(IF) (1981年12月発売) 。6群9枚。最短撮影距離0.35m、と判明。
フィルム時代の医療・学術用のレンズです。内部にストロボを組み込んだ特殊な機構になっているようです。
これを使えるようにする工房の技に脱帽と敬意。
ある種キッチュなテーブルフォトにはおもしろい。僕向きではあります。
フードを外して49mmのフィルターをつけてみます。
以下撮影例。「億男」はα7Rで。
舞妓さん、億男は偶然ウチにやってきたホン。「本屋大賞」系の読物ってなんだかなあ。w
最短撮影距離で。
外に持ち出す!
手垢で汚れていた伊吹マヤを洗ってやる。きれいになった顔を。w
エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロを読んだのはこの論攷が初めてだと思う。たぶん。(「現代思想」1月号)
現在、訳者の近藤宏=明治大学の野生の科学研究所のレポートにパナマの先住民「エンベラ族」の動物的身体について読むことができる。
(しかし「エンペラ族」で検索して出る彼らの観光客密着の画像を目の当たりにすると、つい割引して彼らをみる自分がここにいる)
それはそれとして、先に檜垣立哉・山崎吾郎訳の『食人の形而上学』が当地の県立図書館に配置されてない時点から僕の食指が行きどまりになっていて、そのこと(止まったままの事態)をも僕は忘れていた。
最近になっていくつかのガイドに接し、春頃、池澤夏樹-石牟礼道子-アニミズムのラインを読む経験も重なって「パースペクティヴィズム」を見逃したままで過ごせない気分が高じた。買い求めるしかないなと、さきごろHMV&BOOKS online で注文をしたところだ。
一方これは、BOSEのSoundTouch再生画面。これを閉じても、それどころかPC電源を切ってもBOSEは鳴り続ける。
ラフマニノフ自身が素早く演奏するOp23のNo.5です。youtubeからmp3を抽出したものをBOSEで鳴らせ、空気振動で聴いてます(補聴器無線ではなく)。無駄に320kbpsでエンコしてます。
最後はフツーのテーブルフォト。今日は話題ネタに使ったインダスター53mmでした。
ソニーのZS-RS81BTというラジカセです。つれあいが島和彦(いましたね!)の「雨の夜あなたは帰る」をNHKできいて懐かしがった。なので小生がyoutubeから。(拡大画像)
ラジカセの名機といわれたCFD-A100 TV(2004年)が壊れた。よってこれを7月4日に購入する。1週間後、2階用にもう一台追加購入。
ラジオ電波受信能力については2004年機に及ぶべくもない。
音質はチャカチャカ。MEGABASSなどというボタンをつけているのが「弱さ」を言い表している証拠。
では利点。
①USBやSDが挿せる。
②Bluetoothでペアリングができる。
ウチにはこのふたつがグッドニュース。
USBにはyoutubeからDLしたmp4からmp3を抽出した曲がつまっている。
③変換のことですが、元ファイルのビットレート以上にはならないらしいから、個人的には128kbpsのmp3でいいのではないかと思う。
④ファイル名がタイトル(例のテロップ)になる。詳細データは入力したほうがいいかもしれない。たとえばWindows Media Playerのプレイリストに加えるとBOSEでそれを引き継ぐ。ジャンルもClassicとかJPOPとか入れておくとBOSEの方で振り分けている。
⑤ホロヴィッツの1949年のリサイタル、1965年のカーネギーホールでの復活リサイタル、それと極め付き1968年のTVコンサートをSDカードに入れてキューブ車載で聴いてみた。いけますね。
絵と本文の関係はなし。α7sとインダスター61。絞ってます。変換リングを使いテーブルフォト。
緑のシールから先が工房製作のM42改造レンズです。MENTOR-SPECIAL 3,5/7.5cm(M42改造)。元カメラはドレスデンの1930年代の二眼レフのようです。ググってもeBay以外には出ませんね。
そのeBayでは、「camera Mentor Goltz & Breutmann MENTORETT,MENTOR-SPECIAL 3,5/75mm.Lens,Geramany」で出ます。しかし、作例となるとまず見当たりません。まずはテーブルフォトを。α7RとMentor7.5cmで。デジタルでのこれって世界初かも。w
①ヘリコイド使用。距離50㎝くらい。普通に絞る。
②ピントは中央のレンズ。これはベビーパール抽出のM42改ヘキサー5cmです。ちなみにその横はコダックPONY828抽出のM42改アナストン51mmです。
③「もしもし下北沢は」先日BOOK-OFFから買ってきたものです。いいですよなかなか。ときに、はみ出しているハガキ。絵ハガキです。もしもし、に挿入されてました。男性から女性に宛てられたハガキ。古本に栞みたいに挟んでいました。使用した筆記用具はシェーファー(SHEAFFER)のような気がします。こんなこともあるんですね。中身? いやそれは公開できません。w
絵のほうはおみせできます。ニコノス at BOOK-OFFです。
ではもとい。以下はMentorです。
次のは陽が当たってない最奥のクレマチスにピントを置いてます。
α7Rの音に驚いたのか(まさか)鴨が飛びたちました。(右下)
知人の自作カメラ。完成品を撮影。驚嘆の次はため息が出ます。まずは画像。(α7R/KODAK EKTAR35mm3.3)。
次は200****1963年のSUMMICRON-R50mm2.0で上から撮影。
ブローニー12枚撮りで4カットの大パノラマ。ポジを見せてもらったがなかなかのものだった。自分には経験がないので実感がわかない。都市の鍋底風の夜景を撮るとおもしろいだろうな。露光時間の関係で光源が揺れるかも。
さて2枚目を撮ったSUMMICRON-R 50mmF2。コレです。
中央にペンタックスのヘリコイドにつけているのがSUMMICRON-Rです。ストリップです。本来の鏡筒はない。ジャンク品から作ったらしい。固定絞り(およそF5.6あたり)のM42改造です。レンズ番号から1963年です。おいらが中3の時代です。光源をモロに撮ると陰影が出ますが通常撮影には重宝すると思う。
ややこしいハナシだが、この絵そのものは、α7RとUnivex Mercury Model CC といわれるハーフサイズカメラ抽出のレンズで実行してます(よって四隅がけられます)。抽出したレンズてのは35mm f/3.5 Wollensak Tricor (uncoated 3 elements)。1938年製造開始。ハンパなく枯淡かつレジェンド。博物館用のレンズです。w
この個物Tricorについては、いずれまた紹介しましょう。で、このストリップのズミクロン1963年で撮った知人ちでのテーブルフォトをIDCでそのままモノクロ現像した。これがもろにライカレンズ雰囲気。あたりまえだ。以下。
これは今朝。
「枕営業」というきわどいタームもありますが、やむにやまれぬ情動が働くのは「枕写真」と同じでしょうか。こんなこと言うと大写真家篠山紀信氏などは下品な奴だと一蹴するでしょう。小写真家は下品が好きです。「きわもの」が光ることもきっとあるはずです。稀でしょうけど。
前置きが長くなったが、昨日ベルチオをソニーのα7sにつけた姿で「白手袋」しました。キャプチャ画像=拡大画像はAVCHDの1920*1080です。
で、くだんの白手袋=youtube動画は、
ここです。
ここに記述しています。
大体上の絵のように甘いピントでしたが、これにNEOKINO用に知人が作った絞り効果用のリングを挟むと、下の絵のように俄然生き生きしてくるではないか。うーむ。
リングはレンズのヘッドをこのように外します。
深夜、トイレに行ってそのあと眠れず、あれこれテーブルフォトをしていて気づいたのです。
うれしいですね。快挙ですよ。はい。
午前中さっそく外を。最後の菖蒲はα7Rですが、あとはα7sです。
さて、諸氏よ。
かくて生きることの眼目は、「夢見心地」を得ることにある。それに尽きる。
いい人生はだから「効果」なのだが、僕はそれをドゥルーズから学んだ、と思っている。
ときどき夜中の2時とか3時にPCの前で過ごしたりする。
睡眠トラブルの一種でしょうな。
レンズを取り出してテーブルフォトをやったりする。
これは、Contarex Sonnar 85mm F2改での撮影。背後のボケで独特の絞り羽根形状がみえる。
あれはPCのインジケータです。
ピント部の等倍をお見せします。
下のサムネールをダブルクリックしてください。
デジタル宇宙の世界です。w
さて参考までに、そのSonnar 85mmF2改についての、
今日の記事を含む過去記事はここにあります。
よって今日はこのレンズについては申しません。
朝になり、「日の丸」構図で庭の花を撮影。
零時ごろ起きだすということもある。
老人は突如悲しみに捉えられる。
コンビニにクルマを出し、ビールを買うが、たいてい少しは捨てることになる。(飲みきれない)w
手すさびにシャシンをする。ダイソーの百円電飾をオンにする。
コンタックスT3の抽出レンズが7sに装着されたままなのでそれで一枚。
なんという仕儀、様態なのだろう?
訝しさをこえて名もないアイオーンを過ごす。
ニンゲンは老いてはみなそうなのだ。そして死す。
死よ、咄嗟に来たりてすぐに結果を出せよ、とフツーの老人は願う。
そのようにならぬのが世間なのだ。
おう、陰気じゃのう。じゃあまあ、T3 Sonnarと7sの夜の絵を。
下のサムクリ(サムネールをクリック=いまここ造語生成)で強制的にLightBoxが開きまする。
見たくない人はシカトしなさい。w
まずは現物をごらんあれ。拡大画像はα7Rのサイズの1/4、横1840です。ちょっと大きいです。はじめがヘクトール。次がゾナーです。
ピントは中央のSanDiskのSDカードに合わせてチルトアップしています。マニュアル撮影です。SS=1/125。絞り開放。露出は背後のバルテュスの絵で取得しHektorがISO=400、Sonnarが500。Hektorの最短撮影距離で撮影し、Sonnarの位置はそれに合わせました。
それぞれをモデルにして撮ってます。Sonnar85mmf2も知る人ぞ知るいいレンズです。知人の手になるmodified lensです。1969年のSony TV ZOOM LENSの鏡胴に収まっています。ちなみに右端クロームの鏡胴がContarexの「抜け殻」です。
ここに僕の前記事があります。(今日の記事を含む)
さて諸氏よ、これらは早朝、室内の至近距離で個物を撮影したものです。y = f(x)の記述で関数fから導かれるxの写像がyです。その「関数」が少ないので参考になりません。これで早計な「判定」をなさらぬように。単なるテーブルフォトです。ヒマですからね(笑)。これが好きなんだからしかたない。
(フーコー 『言葉と物』)
僕の場合、いま生きているここ(現働の場)での様態にはつねにこのような知のバイアスがあるのだろう。フーコーの知が内在化しているというべきか。実のところ「なんでそうなったのか」というのはヒトには説明できないのが本当のところだ。
スナップ・街撮り中心の僕が定点観測やテーブルフォトに足場を移した・・ようにもみえる。が、まあこれはひとりごとです。あれこれぬかせば「プチ物語」すなわちレシになる。昨年11月にソニーという誰もが知るメーカーからα7Rというカメラが出た。これは僕に何かが起きるな、と直感したがまさにその通りであった。僕の心身は「外」に対してよくもわるくも率直に反応する。かつて「カメレオン」とか「あじさい」とかのあだ名を頂戴したのも根拠があるわけか。
α7Rと知人譲りのレンズ個物のアレンジメントが、近頃の僕のシャシン時様態を決定付けている。うーむ。おそらく二桁になるだろう数の個物を得る。それらを用いてα7Rの100パーセント拡大解像力の視覚的で深遠な領域で遊んでいる。レンズ個物は28mmからせいぜい100mm前後までのもの。世に「オールドレンズ」と称されるものばかりだ。
僕は昔、京セラ=コンタックスG1のSonnar 90mm を使ったことがある。AFが不良だったのか「ピント」を得た実感がまるでなかった。失望の経験しかない。まあ一眼レフでも90mmで開放、至近距離でピントを得るのは難しい。ファインダが優れていてもいざレリーズの段階で体が数センチ揺れるとピントはズレる。その前に本当にピントがきていたのかどうか検証のしようがない。検証用に4つ切りプリントを何十枚もラボに出すということは不可能だ。G1のSonnar 90mm に失望して二束三文で手放した。
そんなコンプレックスを一挙に吹き飛ばしたのがデジタルの技術だ。フーコーにならって、見えるものを語る無駄を省き100パーセント画像(部分)を見ていただきましょうね。アンチョコな絵ですが。ドキッとしますよ。撮影フレーム全体を横1472ピクセルの拡大画像。次にピント部の100パーセント画像(横7360ピクセルの一部)です。
(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)
(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)
逆さの「Maid in Germany」がピント位置です。下の絵をぜひ拡大してごらんください。鏡胴に横筋の意匠が見えますが、このデザインは個物を手にとっても肉眼では見えません。そんなものも写るのです。ヒトの知覚をやすやすと凌駕します。撮影距離約40cm。1/100秒のシャーッタースピード優先。絞り開放。ISO=160。SILKYPIXで現像。以降の処理はPhotoshopCS5。Web用保存(品質85)。アンシャープマスクなどの加工処理はしていません。
(EOS5DMk2/EF24-70mm f/2.8L II USM/flash on/ISO200/F5.6/マニュアル露出)
α7Rに、シュナイダーのXenon50mm/1.9をとりつけました。schneideropticsでみると、1968年製のようだ。うーむ。まさにパリは五月革命、日本では東大闘争の時代。団塊の男は知者であれ愚者であれ、何かを感じて過ごしたはずだ。まさにドゥルーズ、まさにフーコーの時代でもある。個物はExaktaマウントです。これを僕に譲った知人はそのとき「死蔵品」という単語を使った。ぼくは少しドキッとした。託された僕こそが「死蔵」しかねない。そういう68年製のXenonだ。どのような手を経て今のぼくの掌中にあるのだろう? 使うことがすなわち愛でることだ。愛でることで創造の線、生きる喜びの線を出しましょう・・・。とて、今夜はこれでテーブルフォトをします。開放1.9、最短50cmで撮影。こういう条件だとボケが少しうるさいですか。
F5.6に絞れば、まあシャープなこと!
眠れずに起きだして、深夜! とんでもない、F2.8でもシャープ。
EOS5DMk2/EF24-70だ。発作的に(?)こうやってテーブルフォトをする。ISO1000でPモードでやるとF4.0,1/80sec だ。まあでもため息が出るくらいよく撮れる。雰囲気がどうこう言う前にちゃんと写ることに脱帽。昨日知人と喫茶店に入った折に、ISO1000=モードPでカレを撮ってその設定のまま一枚撮ったというわけだ。昨日の知人もよく撮れていた。マニュアル=ライカレンズ=ピント拡大は、スナップ的なポートレートには無理がある。相手がかたくなる前に撮る必要がある。おしゃべりしながら撮るにはどうしてもオートフォーカスになる。それはそうと知人が僕のα7Rで一枚撮ったがカレはファインダを使わない。E20mm(APS-Cの)をつけてAFだからそれでもいけるのだ。でもなんか可笑しかった。
僕の個体はエキザクタマウントです。
NEX-7にアダプタを使う。
50cmほどまで(?)寄れるので
引けない場所のテーブルフォトなどには重宝する。
デキは素直そのもの。
動画の場合はこんなものです。
(NEX-7 VISO ELMAR 65mm/3.5)
NEX-7=ビゾ用レンズのテーブルフォト。
属性が分からなくなることにもなる。
もともと属性とその様態は
「これなに?」のトポグラフィックなものなのだ。
猫に僕はどのように見えてるのだろう?
そんな素朴な不思議の中に
ヒトの属性と様態の特異な連鎖を解するヒントが
あるのだろう、と考える。
少し思いを凝らせば、ビゾレンズでみた世界は
僕たちの様態とほとんど同じものだということに
思い至るかも知れない。もしかしたら、だが。
僕たちはまずは物体であり、最後も物体で閉じる。
閉じる?いや、焼失(消失)、かな。
卓上の物体がいつか雲散霧消するように
ちょうどそのように僕たちは消えてゆく。