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せんに、九州国立博物館の「よみがえる国宝」について書いた。
この手の古来の日本美術展をみるときに常に思い浮かべるのが
昭和47年(1972年)、東京国立博物館は『琳派』である。
同じ規模で以後100年は見れない、という触れ込み通り、
それは字義通り、豪華絢爛な特別展であった。
宗達、光琳、光悦、乾山、抱一らの国中の作品がそこにあった。
大学生の僕はそれらに打ちのめされ、
以後長きにわたり日本美術の虜となった。
シャシンはその時の「図録」である。
表紙はくすんだ金箔に似せている。
(拡大画像あり)


近頃じゃ図録は買わない。むしろ捨てなきゃならないトシだからね。
それでもいまだに昔の「西洋美術館」やら「大原」やらの図録を
残している。「モディリアーニ展」(85年:近代美術館)や
「フュースリ展」(83年:西洋美術館)など10冊くらいは
処分できずに納戸にある。これらはどうなるのだろう?

ちょっと「懐古」をなさった爺でありんす。(笑)
『琳派』は再現前化が容易にできる。「純粋記憶」として
強固なものがある。図録をみると当時を再構成できるばかりか、
諸力がみなぎってくる。まっことよかったぜよ、となる。

時代は変遷する。九州国立博物館の今回の展示に
そのような諸力の喚起や発動を期待しても、無理なのだ。
時代の実体(本質)は変化する。属性も変化する。
多くを期待しない-それ自体がルサンチマンともいえるが、
せいぜいそんな気持ちで、ここはひとつ謙虚に(笑)、
まったりと美術館を巡りましょうぞ。

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