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Results tagged “『新世紀エヴァンゲリオン』” from 新地のドゥルーズ

1995年は重要な年だと痛切に思うことが
しばしばある。
個人的にも、社会的にも。
出来事をクロノスで切断したようなWikiをみれば
一目瞭然です。

阪神・淡路震災と地下鉄サリン、マイクロソフトのWindows95。
なによりドゥルーズが自死したその年です。

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』ができ、
『新世紀エヴァンゲリオン』が開始された。
麻原=尊師が逮捕された日は阿蘇山にいました。
硫黄山が爆発した日は直下の坊ケつるでテン泊してました。
まあそんな年です。

『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明が
コミック=貞本エヴァンゲリオンの第1巻の巻末に
こう書いていますね。
「オリジナル」はその場所にしかない。
この言まさにドゥルーズです。全文をどうぞ。(横1280)


ニンゲンが機械にシンクロする事態は
内在平面に稲妻が走ることと同義です。
それはオリジナルでありパラドックスでもあります。
接合されたかと思えば痙攣し、分離し
いくつもの切断面とさまざまな断層が生じます。
私たちの出来事は現前に再現(表象)したときには
すでに大きく後退しています。もう、そこにはない。
少年の僕を、いまここ、ブログ表象の僕に結びつける根拠は
実はどこにもない。そう、「コギト」はない。
でも僕らは「ぼく」というものを感じながら生きている。
それが唯一「オリジナル」なのです。
すべての出来事は「アイオーン」であり、
近づきつつあるサード・インパクトといえます。
まことに生成や出来事はパラドックスに満ちてます。
超越的な経験です。
痙攣しながらシンジはエヴァに「なる」わけです。

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