展覧会構成

第1章 伝統-ファン・ゴッホに対する最初期の影響

ファン・ゴッホは、若い頃からバルビゾン派、フランスの写実主義、オランダのハーグ派といった巨匠たちの作品に親しんでおり、彼らの作品をもとに初期オランダ時代の絵画は構成されています。同じようなモティーフを取り上げるだけでなく、色調や筆遣いなどの点でも彼らの作品に影響を受けており、戸外での制作も彼は行なっています。その後、最新の芸術に触れることにより、ファン・ゴッホは彼らの作風から遠ざかっていきましたが、それらは最後まで重要な意味をもっていました。最晩年のオーヴェール=シュル=オワーズ時代の作品が1点この章に含まれているのは、最初期のニューネンの作品と見比べることにより、彼の作品の中に潜む一貫性を示すためです。

第2章 若き芸術家の誕生

ファン・ゴッホは基本的には独学で成長した画家で、早くから高名な巨匠たちの版画や素描を模写することで腕を磨きました。一方で画家になることを決意して間もなく、義理の従兄にあたる画家アントン・モーヴの教えを一時期受け、油彩と素描について多くの事を学んでいます。素描の重要性を強く意識していた彼は、多くの時間を素描の訓練、特に人物の素描に費やしましたが、作品に強い表現力を与えるために、画材にも工夫を凝らしました。それらの作品を見ると、雑誌に掲載された版画の図版に大きな影響を受けていることがわかります。この章では、ファン・ゴッホが試したさまざまな素描の技法や彼が集めた雑誌の図版、さらに「パースペクティヴ・フレーム」と呼ばれる遠近法を実践するための道具のレプリカなども紹介します。

第3章 色彩理論と人体の研究、ニューネン

1883年暮れにニューネンに移住した頃にはファン・ゴッホの素描力は格段に進歩し、彼の関心は次第に油彩へと移行していきました。翌年の春になるとドラクロワの色彩理論を学び、それを利用して農婦の頭部や静物を描くようになります。この努力は1885年に、初期の傑作《じゃがいもを食べる人々》に結実しますが、この作品によって自らの進むべき方向を確信したファン・ゴッホは、ドラクロワの理論に従いながらさらに人物画の研究に取り組みました。この章では、農婦などをモティーフに描いたファン・ゴッホの初期の油彩を、彼が参照したさまざまな色彩理論の書籍や絵具の分析、そして影響を受けた他の画家たちの作品とともに紹介します。

第4章 パリのモダニズム

1886年3月にパリに移ったファン・ゴッホは、コルモンのアトリエで絵画の基本を再度学びながら、次第に明るい色彩を用いるようになります。今やドラクロワの理論を充分に消化した彼は、モネやピサロなど、当時の前衛であった印象派の研究にも進み、さらにモンティセリの筆遣いに大きな影響を受けました。印象派の画家たちと個人的にも親しくなったファン・ゴッホは、点描風のタッチを用いたり、薄く溶いた油絵具を使って素描のように見える作品を描くなど、実験的な試みを繰り返しながら次第に独自の様式を確立していきます。この章では、パリ到着後のファン・ゴッホの作風の大きな変化を、モネ、ピサロ、シスレー、スーラなどの印象派の作品や、モンティセリ、ロートレックらの作品と比較しながら検証します。

第5章 真のモダンアーティストの誕生、アルル

1888年2月にアルルに移ったファン・ゴッホは、この南仏の町で、あの誰もがファン・ゴッホと認める独自の様式に遂に到達します。パリで出会った印象派など前衛の様式と、日本の浮世絵から学んだ平坦で強烈な色彩や大胆な構図が、このアルルで見事に結実します。また、芸術家たちによる理想的な共同体の実現を夢見たのもこのアルルでした。ファン・ゴッホの呼びかけに応じて現われたゴーギャンとの関係が、この章のひとつの柱となります。この時期の重要な作品である《アルルの寝室》を手がかりに、実物大でこの部屋を再現するなどの手法により、ふたりの芸術家の関係により実証的に迫ります。またファン・ゴッホ自身が所蔵していた浮世絵も併せて展示し、彼の作品に具体的にどのように影響を与えたのかも検証します。

第6章 さらなる探求と様式の展開-サン=レミとオーヴェール=シュル=オワーズ

色彩や筆遣いなど、技法の点から言えば、ファン・ゴッホの最晩年となるサン=レミやオーヴェール=シュル=オワーズの時代に新たな作品の展開は見られません。アルルで確立した様式を、いくぶん調子を弱めながらファン・ゴッホは繰り返しています。一方で、ミレーやドラクロワの作品を、確立した新たな様式で現代風に模写しましたが、そこに用いられている色彩の組合わせは、《アイリス》のようなこの時期の代表作にも通じています。ファン・ゴッホは終生素描を創作の基本と考えていましたが、この時期に描かれた何点かの素描が、数々の重要な油彩作品とともに展示されます。また2点のみが知られるファン・ゴッホのエッチングの内の1点、《ガシェ博士の肖像》も併せて紹介されます。