レンズグルメ: 2014年2月 Archives

COLOR-ULTRON 1.8/50

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横1472
(α7R/COLOR-ULTRON 1,8/50)

 九博の特別展に行く。「国宝 大神社展」。混雑していた。「古事記」写本真本をはじめて(たぶん)みる。それと神像の由来がよくわかった。全体的にはぼくにはどうも・・。胡散臭さ最後までアタマから除去されない。3M(9210)のマスクにお世話になった。大宰府といえば「梅」。種によって違うが今が見ごろ。去年も1月か2月に行った。その時も電車の事故に遭ったが、今回も特急電車が事故を起こして40分止まる。

Super Takumar 35mm f3.5

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横1472
(α7R/Super-Takumar 35mm F3.5)

 当地のJR駅。夜明け前の6時半。

Super Takumar 35mm f3.5

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(NEX-7/GR28mm改)


(α7R/Super-Takumar 35mm F3.5/Foggy Filter)

 上のはα7RにSuper-Takumar 35mm F3.5を取り付けた場面。49mmのフォギーフィルタで撮ったのが下の絵。こんなレンズがネットで1000円とかで落札される。F2.0というのもあるようだがこちらが断然コンパクト。ヘリコイドアダプタで超接写もできるのでこれ一本で旅ができそうだ。この時代に息を吹き返す力のあるレンズだ。

Sonnar 85mm f2.0

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 「何が見えるかを語っても無駄だ、見えるものは決して語るもののうちには宿らないのだから。」
 (フーコー 『言葉と物』)
 僕の場合、いま生きているここ(現働の場)での様態にはつねにこのような知のバイアスがあるのだろう。フーコーの知が内在化しているというべきか。実のところ「なんでそうなったのか」というのはヒトには説明できないのが本当のところだ。
 スナップ・街撮り中心の僕が定点観測やテーブルフォトに足場を移した・・ようにもみえる。が、まあこれはひとりごとです。あれこれぬかせば「プチ物語」すなわちレシになる。昨年11月にソニーという誰もが知るメーカーからα7Rというカメラが出た。これは僕に何かが起きるな、と直感したがまさにその通りであった。僕の心身は「外」に対してよくもわるくも率直に反応する。かつて「カメレオン」とか「あじさい」とかのあだ名を頂戴したのも根拠があるわけか。

 α7Rと知人譲りのレンズ個物のアレンジメントが、近頃の僕のシャシン時様態を決定付けている。うーむ。おそらく二桁になるだろう数の個物を得る。それらを用いてα7Rの100パーセント拡大解像力の視覚的で深遠な領域で遊んでいる。レンズ個物は28mmからせいぜい100mm前後までのもの。世に「オールドレンズ」と称されるものばかりだ。
 僕は昔、京セラ=コンタックスG1のSonnar 90mm を使ったことがある。AFが不良だったのか「ピント」を得た実感がまるでなかった。失望の経験しかない。まあ一眼レフでも90mmで開放、至近距離でピントを得るのは難しい。ファインダが優れていてもいざレリーズの段階で体が数センチ揺れるとピントはズレる。その前に本当にピントがきていたのかどうか検証のしようがない。検証用に4つ切りプリントを何十枚もラボに出すということは不可能だ。G1のSonnar 90mm に失望して二束三文で手放した。
 そんなコンプレックスを一挙に吹き飛ばしたのがデジタルの技術だ。フーコーにならって、見えるものを語る無駄を省き100パーセント画像(部分)を見ていただきましょうね。アンチョコな絵ですが。ドキッとしますよ。撮影フレーム全体を横1472ピクセルの拡大画像。次にピント部の100パーセント画像(横7360ピクセルの一部)です。


(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)


(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)

 逆さの「Maid in Germany」がピント位置です。下の絵をぜひ拡大してごらんください。鏡胴に横筋の意匠が見えますが、このデザインは個物を手にとっても肉眼では見えません。そんなものも写るのです。ヒトの知覚をやすやすと凌駕します。撮影距離約40cm。1/100秒のシャーッタースピード優先。絞り開放。ISO=160。SILKYPIXで現像。以降の処理はPhotoshopCS5。Web用保存(品質85)。アンシャープマスクなどの加工処理はしていません。

Sonnar 85mm f2.0

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(α7R/Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm/SILKYPIX)

 ベラスケスの目に教皇インノケンティウス10世はあのように見えた。それがベラスケスの「認知」である。たとえそれら諸知覚の総合が「誤認」であっても、ベラスケスの剔抉の瞳にはそう見えた。ところで露出がアンダーすぎる上のシャシンですが、実際にヒトがレンズ鏡胴を見つめても網膜にはこんな絵は結ばない。この絵は人為が投入されてのことではあるが、レンズ個体とカメラ、そしていまこの透過的なモニタ画像をもたらす現像用アプリケーションのなせる業である。ぜんたいシャシンの絵はそもそものはじめから「真」ならざるものだ。ヒトの知覚とは別物だ。なのに「写真=真を写す」とはなんという皮肉な言い草だろう。まだしもベラスケスの描く教皇のほうが「真実」に近い。被写体がどうとか、テーマは何だとか、事実をどう切り取ったとかうんぬんかんぬんの前に、この偽絵の出現が「出来事」となる。偽絵とはちと穏やかではありませんね。ご容赦を。だが僕には「偽絵」がなんとも愉しいのである。
 話は横道に逸れニュアンスは少し違うが、シャシンはキャパが従軍して命がけで撮った「真実」から遠く離れてしまった。もっともキャパの写真をシンジツというには括弧をつけなければならない。「真実のふりをする」のがシャシンなのです。これはキャパに限らずあらゆる報道写真あらゆるドキュメンタリに分け隔てなくいえることだ。ピクチャーとそれを見てのイメージにまっとうな道筋はない。絵はどのようにも理解されうるものだ。
 レンズはいかなる被造物の力にも屈せず描写する。Carl Zeiss Sonnar 1:2 F=85mm というレンズで元それが収まっていた鏡胴を撮影している、と説明すればそこから「レシ re'cit」=物語が加味されるだろう。イメージが増幅するかもしれない。説明抜きの場合とは違ったイメージになる。だが、レンズはいっさいの物語を拒否して映し出す。拒否して、というのは、レンズは正体を明かせば見事な表現をする、というものではないからです。(笑)。
 いっそ物語を明かさないがいいのかもしれない。これは課題ですね今後は少し考えてみよう。フランシス・ベーコンはベラスケスの実物を見ずに写真(あるいは図録)と「戦艦ポチョムキン」の女の叫びをネタに一連の教皇の絵を描いた。しかし見るものがそのレシを認知したのちにはそれを忘却してイメージすることなぞ不可能になる。あれれ、迂回が複雑になった。いったん筆を置こう。

 さて。この絵のようなオブジェをたとえばA3とか半切大で30枚ほど並べてそれは見世物になるであろうか? これを問い立てしたかったのです。ああ回りくどい。諸兄はいかが思われますか? そりゃないよ、といわれますよね、きっと。うむ。ではなぜでしょうか? あまりに安直だから? テーマはね、「発明」ですからどうでも成立します。 シャシンって御大層なもんじゃない、とアラーキーは言うが、だからといって安直でいいやと宣言してるわけではない。シャシンと宣言した場所にシャシンが生まれるのかもしれない。敬愛してやまない深瀬昌久のシリーズ「ブクブク」はちゃんと写真展(見世物=催し)をやっています。もっとも彼は会場には出向かなかったということですが。
深瀬昌久については、ここです。

Carl Zeiss Sonnar 1:2 f=85mm

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(α7R/Sonnar 1:2 f=85mm/SILKYPIX)

 Carl Zeiss Sonnar 1:2 f=85mm を少し絞って撮影。これもお辞儀をしたくなるような個物だ。フィルム撮影ではとてもこんな精確なピントは取れないのではないかと思う。横1472pix の拡大画像あり。

MINOX35EL

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 MINOX35ELの亡骸(なきがら)の絵。Minotarで撮るだけではものたらず・・・これはFUJINON 1:1.9 f=4.5cmで撮影したものである。まあしかしこんな絵にどんな意味があるのだろう? 意味はないでしょう。僕がいっときシアワセな気分になるだけの話だ。少し絞ってる。オールドレンズのボケだ。実に鮮鋭だ。それだけをウリにしたって十分通用するいいレンズだ。拡大画像はヨコ7360/4=1840もありまっせ。


 (α7R/FUJINON 1:1.9 f=4.5cm/SILKYPIX,PhotoshopCS5)

MINOX minotar 35mm

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 MINOXのminotar 35mm続報。α7Rに取り付けた図と殻のMINOXです。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 作例、まずは近接グルグルボケ。

(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

 次は悪条件の逆光遠景。フレアが出ます。絞っています。よく撮れる。


(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

 最後は順光。近景。ランプシェードにピントを置いている。風が強く体が動く。


(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

 ふむふむ。オールドレンズのチカラを、フルサイズ実作で実証的に「検証」できること。これがデジタルの利得です。ただし、フィルムで撮影してもこうだ、とは言い切れない。なにごとにも「差異」が存在しますからね。解像度だけに着目すれば、フィルムを凌ぐ鮮鋭さの実証をα7R機体によって得られた、といえるかも知れません。minotar、いいじゃないですか。お散歩カメラとして不足はない。なにより「コンパクト」です。近場はピント合わせを慎重に、というのが個物を扱っての実感。

MINOX minotar 35mm

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 MINOX 35ELをeBayから取り寄せて知人(製作者)にあつらえてもらった個体である。C-NEXマウント組み込みで絞り調整も取り付けている。どれほど手間がかかるのか素人の僕にはわからないが、たやすい技とはとても思えない。(拡大してご覧あれ)


(α7R/SKOPARON 1:3,5/35 改)

 上の絵自体はスコパロン35mmで撮影している。ごらんのようにスコパロンはM42ヘリコイドアダプタを介しているので、グイッと寄れる。いっぽうミノターは40-50cmというところだ。
 では開放で近接撮影の作例。MINOXのMinotarで殻を(=空=亡骸となったボデーを)撮るわけです。フェチですね。変な趣味です。ピントは日の丸でMINOXのロゴに。1/60sec。ISO640。イイ感じです。W=1472の拡大画像があります。


(α7R/Color-Minotar 1:2,8 f=35mm改)

TRYLOR ROUSSEL

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 これもOntoscope系統だと思われます。銘板がよく似てます。F=120です。知人(製作者)は「絞り調正」も特別に装備。(開放6,3のレンズだが、4.5から始まる絞りレバーが付けてある)


(α7R/撮影レンズ不明)

 ペンタックスのベローズを用いなければなかなかピントに届かない。いっぽうのOntoscope F=75 はヘリコイドアダプターだけでいける。下の絵がα7Rに取り付けた姿。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 では作例。オブジェはすでに紹介した「Componon」と「TRYLOR ROUSSEL F=75」レンズ。 距離70-80cm。少し絞っている。

Ontoscope not Otoscope in 1933

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 "Ontoscope" で検索する。ダブルクオーテーションでくくってください。でないと「もしかしてOtoscope」とgoogleが余計な親切で別の語を検索します。これがその"Ontoscope"のようです。(画像をクリックするとリンク先へ)



 どうやらOntoscopeに付けられていたレンズが今日ご紹介する個体。これです。


(α7R/撮影レンズ不明)

 Ontoscopeの用途はよくわかりませんが、パノラマが撮れるのでしょうか?以下はリンク先のデータ。

Made in France by () 1933 to () 0.
Index of rarity in France : Rare
N°in inventory : 10642
Ontoscope 6x13 Simplified. (N° 5226) No focusing, no off-centring. Diaphragm 6,3,9 and 16 by a blade. Speed P 5 10 25 50,100 Lenses Trylor H. Roussel 1: 6.3 F = 75 N° 192 199 and 192 200.

 僕が手にもつ上の個物は知人製作のものです。絞りは開放固定。フードが付いてますがそれを外すとワインのコルクより小さなものです。リンク先のデータにもありますが、「Trylor H. Roussel 1: 6.3 F = 75」というのが銘ですね。正確にはROUSSELのあとにPARISが入る。通しのレンズ番号なのがわかります。1933年製! うーむ。
 α7Rに付けるとこうなります。今回はベローズはなし。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 ついで作例。


(α7R/TRYLOR ROUSSEL PARIS 1:6,3 F=75)

 やはりケラレはあります。無限遠も見事にでます。どうなんでしょう? 7Rにこれを取り付けて絵を作った男って僕が最初じゃないでしょうか? むろん知人の功績ですが、この「遊戯」は個展モノですね。(笑)CAPAさん、朝カメさん、取材に来てよ。
 シュナイダー・クロイツナッハの引き延ばし用コンポノンレンズです。コンポノンは数多くありますが、Wikipediaによれば、個物は105mmF5.6/4群6枚構成です。ダースト (Durst) のどの機種で使われたのか、サイズはライカ版だったのかそうではないのか、未調査です。


(α7R/撮影レンズ不明)

 通常の撮影は、アダプターを何枚か重ねて繰り出し量を多くしてもてこずります。ですから僕は知人譲りのペンタックスのベローズを用いました。そうすると楽に撮影できます。近接ではこれくらい伸ばします。


(NEX-7/E1.8/35 OSS)

 では作例。最初のは距離1mくらい。f11(f8かも)。次のは接近3-40cmかな、f値は開放5.6。




(α7R/Componon 1:5,6/105)

 うむ。ケラレはありますがいいですね。これらの拡大画像でもα7Rのピクセルの10%以下です。ピクセル100%でもどこにも破綻がありません。優秀なんですね。さすがにシュナイダー・クロイツナッハです。お辞儀をいたします。

NEOKINO

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 銘板には NEOKINO との刻印がある。キネ(kine,cinema)用途であることには違いない。鋭意検索すれば、原形を留めた個体に出会えると思う。「エミール・ブッシュ 」でググる。Wikipediaがヒットする。そこで枯淡の歴史が知れます。


(α7R/COLOR ULTRON 1.8/50)

 円形に切り抜いた黒い紙で蔽いをつけている。絞りの効果を出すためです。「NEOKINO 42.5」でググればeBayにこれの仲間とおぼしき個体がみつかります。(以下はeBay掲載画像を拝借:拡大すれば刻印も見える)



 さて。借りたレンズで撮ってみる。銘板面を逆向きにM42にマウントしてます。正方向でもいいのです。このようになります。


(α7R/NEOKINO)

 ビールのラベルが中央のピント位置になります。拡大画像でみていただければそれなりにわかります。中央以外はボワーっとした感じです。ではもう一枚。


(α7R/NEOKINO)

 奇妙奇天烈なレンズ(?)が鎮座してます。いやはや。これらも知人からの借り受けです。どんな絵が作れるのか、ざっと扱っただけなので目下のところ不明。NEOKINOはこの絵でも中央部以外は流れたように写る。「効果」と「遊戯」の世界ですね。
 最後にひとつ。「エミール・ブッシュ」で 検索してウェブをさまようと、ニコペル(ニコラ・ペルシャイト)とかいうプロ用のレンズに行き当たる。そこをまさぐると数時間が過ぎてしまいます。ネットの時代、それは検索とそこから広がる知の情報綱の世界だ。web(クモの巣)とはよくいったものだ。出来事はドゥルーズの言うように直線的だ。しかも網の目状の結索点として線上に存在する。少し似てる。

ありがとう、ウルトロン

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 フォクトレンダー(Voigtlander )のCOLOR ULTRON 1.8/50による定点観測です。


(α7R/COLOR ULTRON 1.8/50)

 知人から譲り受けた個体です。絞りはアバウト5.6。02/01の18:19。ISO2500。1/60sec。100%にすると、焼肉定食1200円と店内の文字が見えます。その文字はこれまでのどのレンズより鮮明です。(条件がそろっただけとも考えられる。他のレンズより優秀、とかそういう意味ではありません。念のため。)悪条件のなかでこうした露出、現像ができるということがとても貴重で得難いシアワセだということです。それにつきます。
 僕は先だって「ありがとう、フジノン」と思わずしてコトバを発した。レンズに向けて「ありがとう、フジノン」は笑えるといえば笑える。それにカメラに対しても敬意を表さねば片手落ちとなる。それでも「ありがとう、フジノン」はそのときの僕の「発明」なのだ。だから今後は僕の売りにしようと思う。よって、「ありがとう、ウルトロン」。

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