ドゥルーズ: 2010年7月 Archives

ハリーの災難

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「ハリーの災難」が届く。

ふむふむ。
ドゥルーズを嗅ぎつけうること請け合い。
「出来事」とはこういうものだ。
あらためてみてみると
シアワセにも、やはり細部を忘れている。
風景がキレイ。
シャーリー・マクレーン、21歳。
セレブの風格。(笑)

ドゥルーズの「シネマ」

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ドゥルーズの「シネマ」、未読。
ここ1年かな、このままでは済まない気配を感じてはいる。
けれど、買うのはいいがまた枕元にホンが積まれる。
・・・・・
こないだネットサーフィンしてたら
「シネマ」にヒッチコックの「ハリーの災難」が
ノミネート(笑)されているらしい記事をみた。
「ハリーの災難」こそ、僕のお気に入りヒッチなのだ。
(ほかにそんなヒトがいるだろうかね)
とにかくあんなリゾームは他の作品にはない。
誰かれの主体に変換され、なれる。
死体はモノとして埋められては掘り返されるが
その過程で身体的なトポロジを発信する風でもある。
そう、観る者は死者の側にも容易に移動する。
互いがいくつものセリーの可能性におびえ
ちょっとした差異に翻弄される。
けっきょく出来事の真意は誰にも
これという確信が配達されない。
・・・・・
ま、ドタバタ自体が可笑しいし
完璧に物体として扱われている死者は
いかにも「ドゥルーズ」的だと、 ずっと思ってきた。
それとさ「ハリー」はシャーリー・マクレーンの
デビュー作だってねえ。あの若い娘がそうなのか?
最近「ココ・シャネル」をみたけど・・いいなあ役者って
ババになっても存在感ありだもんね。
当時D-VHSを持ってればなあ、
「抜い」て保管してたのにね。(笑)
いまヤフオクにDVDで600円で出てる。
落札しよかね、本気で。(笑)
・・・・・
映画はドゥルーズのあれこれを斟酌しなくとも
誰もが語れる。宇野センセもそんなこと言ってた、と思う。
そりゃそうだろう。市場がそうだ、僕もそうだ。
くだんの「ハリー」は「シネマ1」の第12章、
"行動イマージュの危機"、に記述されているらしい。
なんだか読んでみたい箇所だね。
ジュンク堂で立ち読みか。老骨には辛いが・・・

ジュンク堂でアガンペンを立ち読みする。
2階のシアトルズベスト向きのカウンタで。
スピノザとライプニッツを読み始めて1時間半ほど
経ったころ、隣に整髪料の匂いがする男性が・・
やむなく3階の思想コーナーに移動。
『アウシュヴィッツの残りのもの』を手に取る。
・・・・・
人間であることの恥辱を
日常の些細な場面で味わうことがある・・
誰もが経験することだろう。
アウシュヴィッツは想像を絶する壮大な恥辱だが
小さな恥辱に出くわすことはそれほど珍しいことではない。
そもそも人間はその程度の生き物だ。
・・・・・
激しい雨の中「あつ賀」で食する機会を得る。
評判になるのは一応わかる、というところかなあ。
(待ち時間30分、落ち着いた雰囲気ナシ、でよければ)
・・・・・
もひとつ、
TEACHER'Sというスコッチ。
知る人ぞ知る、だ。(笑)
これには懐かしいオモヒデがあり、ジャスコで買った。
まずは、ストレート。
ウッ! なんだこのドロッとした舌ざわりとイヤミな味。
クサイ! これは樽のせい?
ハイボールにしてもダメだった。
残念だったが暗室で流して処分。
反動で、
山崎12年を2本買う。(笑)
僕はサントリーに「飼いならされた」オトコなのか?
ショットグラスはダイソー百均。
タンブラーはササキ、これも同程度。
旨ければいいのだ。
流したTEACHER'S、満タンの山崎12年。↓

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